【第7章】 第160話
【第7章】第160話 幽霊屋敷へようこそ
リオが戻ってきた。
シュバルツ邸は全焼し、一行は現在、王宮に身を寄せている。
正確には、“幽霊屋敷”と評判の白薔薇離宮へ、シュバルツ邸の関係者と共に真琴達も移り住むことになったのだ。
何故か面白がったレオンハルトが、フィオナやルードヴィッヒまで連れて来ていた。
「本物の幽霊ならば、私とフィオナの祈りで一網打尽だからな!」
そう胸を張っているが、何を退治するつもりなのだろう。
さらに、自分の宮へ戻れば良いはずの第一王子アレクシスまで、侍従のアベルと護衛騎士エドルクを伴って居座っていた。
「面白そうだからな。」
理由は実に率直だった。
「殿下。流石にご自分のお住まいへお戻りください。」
グレアムが呆れ半分で苦言を呈する。
しかし、
「大丈夫だ。あとで父上――国王も様子を見に来るそうだ。」
「何が大丈夫なんですか?」
その場にいた全員が、心の中で同じツッコミを入れた。
すると、
「お兄様! 何が大丈夫ですか!」
凛とした声が廊下に響く。
現れたのは第一王女レイチェルだった。
「皆様もダンジョンから戻られたばかりでお疲れでしょう。このような場所ではなく、私の離宮がお隣です。今夜はそちらでお食事をご用意しております。」
第一王女にも、王宮内に専用の離宮が与えられている。
皇后陛下の宮に隣接する、その名も『Lilly宮』。
「……花の名前を付けるの好きね。」
真琴は思わず小さく呟いた。
それはともかく。
「私達は平民ですし、それにシュバルツ邸の執事さんやメイド長さん達と一緒に食事をするので。ヴィクトルさんやクラリスさん達は行ってきてください。」
無礼講と言われても、王族との食事ではどうしても落ち着かない。
「そうですか……残念です。」
レイチェルは少し寂しそうに微笑みながらも、無理強いはしなかった。
「料理長、一緒に皆さんの食事を作りましょう。」
真琴は料理長へ声を掛ける。
突然の火事で焼け出され、避難先は決まったとはいえ、使用人達の心には不安しか残っていない。
そんな時だからこそ、温かい食事が何より心を癒やしてくれる。
「じゃあ、私は調理場へ行ってきます。」
真琴は料理長と共に離宮の調理場へ向かった。
その背中を見送りながら、
「あっ、それとね!」
リオが思い出したように声を上げた。
「ドワーフ店長から、『新しいシュバルツ邸は一週間で完成させる』って言われたよ!」
「「「おおーーーっ!」」」
焼け出されたばかりの面々から歓声が上がる。
だが、その隣ではグレアムだけが言葉を失っていた。
一方、ヴィクトルは頭を抱えている。
「……リオに館の再建まで仕切られてしまった。」
「クラリス。ドワーフ店長さんって建築家なの?」
エマの問いに、クラリスは首を傾げた。
「さあ? 王都で道具店を営んでいるのは知っていますけど。」
「ああ、あの冒険者御用達のお店ね。」
「そう。その道具店。私も真琴も随分お世話になってるわ。」
「だったら……冒険者仕様になりそうね。」
エマの何気ない一言に、グレアムの背中へ悪寒が走った。
「リオ君……普通の館で良いと伝えておいてくれ。普通で、頼む。」
必死の願いだった。
「え? 僕、建築なんて分からないから全部お任せしたよ?」
リオは悪びれもなく答える。
「ドワーフ店長が『王都で右に出る者のいないセキュリティーを備えた館にしてやる』って言ってた。」
「セキュリティー?」
クラリスが聞き慣れない単語に首を傾げる。
そこへ、ちょうど真琴が振り返った。
「うーん……人や財産、それに情報なんかを危険から守るための対策、かな。」
そう説明すると、真琴は再び料理長と共に調理場へ姿を消した。
「ほら、グレアムってば心配性なんだから。」
エマは楽しそうに笑う。
しかし、執事のアスターは静かに言った。
「奥様。僭越ながら、リオ様と真琴様がお考えになる安全対策は……要塞並みになるかと存じます。」
その一言で、その場の空気が一瞬静まり返る。
そして、
「蜘蛛ちゃんズの逆襲が、現実味を帯びてきましたな。」
リオが口元を吊り上げ、悪人のように、
「クククッ……」
と笑った。
グレアムは静かに天を仰ぐ。
(……普通の館は、もう諦めるしかないのか。)
そんな予感だけは、誰よりも強くしていた。
⸻
離宮では、グレアムやエマ、ヴィクトルにクラリスらシュバルツ家の面々がレイチェル達のもてなしを受けていた。
一方、白薔薇離宮では、シュバルツ邸の使用人達を中心に、リオや真琴達も交えた立食形式の夕食会が開かれていた。
とはいえ、大広間には梱包された荷物があちらこちらに積まれたままだ。
一週間後には新しいシュバルツ邸が完成する予定であり、それまでの仮住まいなのだから仕方がない。
そしてもう一つ。
この白薔薇離宮にまつわる”幽霊騒動”も、その一週間の間に解決しなければならない。
大広間の正面。
大階段の踊り場には、一枚の大きな肖像画が掲げられていた。
そこに描かれているのは、国王の先妻である前皇后。
女性でありながら近衛隊長にまで上り詰めた女傑である。
その姿は、優雅に椅子へ腰掛ける貴婦人ではない。
白馬にまたがり、剣を高く掲げる凛々しい女騎士だった。
――こんな人が、世を儚んで幽霊になるとは思えない。
真琴はワイングラスを傾けながら、その肖像画を静かに見上げる。
果たして、この屋敷に渦巻く幽霊騒動の真相とは何なのか。
その答えは、まだ誰も知らなかった。
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