【幕間】 冒険者の双子②
【幕間】 冒険者の双子②
斥候であるナオトは、ダンジョンへ入ってすぐに閉じ込められた。
用意されていた鉄格子。
秘密部屋かと思い、中へ足を踏み入れた瞬間、背後で重い音を立てて閉ざされた。
「どういうつもりだ?」
鉄格子を掴み、力任せに揺する。
びくともしない。
「そんな怖い顔をするな。」
宵闇の狐のリーダーは、まるで子どもを諭すように笑った。
「お前には、ちょっと仕事をしてもらうだけだ。」
「仕事?」
「測量士だろう?」
その一言で、嫌な予感が走る。
「この先に古代遺跡の隠し部屋がある。」
「……。」
「お前の地形把握能力と土属性魔法なら、入口を見つけられる。」
僕は首を横に振った。
「そんな依頼は受けてない。」
「だから今、受けてもらう。」
ジャンヌが肩をすくめる。
「安心して。お宝は山分けしてあげる。」
「違う!」
思わず叫んでいた。
「未調査区域や封印区画には勝手に手を出しちゃいけない! 発見したら冒険者ギルドへ報告する決まりだろ!」
「真面目だなぁ。」
男たちは笑う。
その笑い声に、背筋が冷えた。
「だからガキは嫌いなんだ。」
「緑水の調べは、ずいぶん行儀がいいらしい。」
リーダーが腰の剣を抜く。
「だがな。」
剣先が鉄格子の隙間から、僕の喉元へ向けられた。
「ここにはギルドも国もいない。」
「あるのは、お前が案内するか……それとも、このまま餓死するかだけだ。」
喉が鳴る。
怖い。
こんな人たちだとは思わなかった。
姉ちゃんの言う通りだった。
精霊は、逃げていたんだ。
背後は鉄格子で塞がれ、戻れない。
進むならば、古代遺跡だと言われたこの先しかない。
でも、ナオトにはここが古代遺跡には思えなかった。
緑水の調べは、斥候としてのナオトへ様々なことを教えてくれた。
ダンジョンの歴史調査。
測量の進め方。
土属性魔法使いは、魔法を使うだけではない。
地層や地質にも精通していなければならない。
(ここは……そんなに古い地層じゃない。)
壁へそっと手を当てる。
土属性魔法は、大地に流れる魔力の流れを感じ取れる。
未熟な僕でも、それくらいは分かる。
(削られた跡が新しい……。)
自然にできた空洞じゃない。
誰かが掘った跡だ。
しかも、それほど昔ではない。
「古代遺跡じゃない。」
思わず呟く。
「ん?」
リーダーが眉をひそめた。
「ここは後から掘り進められてる。地層も新しいし、岩盤の割れ方も人工的だ。」
男たちの表情がわずかに変わる。
当たりだ。
「お前たち……ここで何を探してる?」
沈黙。
やがてジャンヌが、小さく笑った。
「やっぱり連れてきて正解だったわ。」
「測量士って、本当に厄介ね。」
リーダーはため息をつくと、剣を鞘へ戻した。
「仕方ない。」
代わりに取り出したのは、一枚の古びた羊皮紙だった。
そこには複雑な紋様と、読めない文字がびっしり描かれている。
「この封印を開けろ。」
「断る。」
即答だった。
「これはギルド案件だ。」
「僕一人の判断で触っていいものじゃない。」
「へぇ。」
リーダーは笑う。
その笑みは、さっきまでとは違っていた。
獲物を見つけた獣のような笑みだった。
「なら、お前が開けるまで待つだけだ。」
⸻
ナオトは新たな違和感に気付いた。
宵闇の狐のメンバーが減っている。
「もっといたよな、お前たち。」
ジャンヌがくすりと笑う。
「あら。観察眼もたいしたものね。」
「どこへ行った?」
「さあ?」
肩をすくめるだけで、答える気はないらしい。
だが、その様子から何かを隠していることだけは分かった。
ここに残っている者たちは戦う構えではない。
まるで、誰かの到着を待っているようだった。
嫌な予感が胸を締め付ける。
その時だった。
「ナオト!」
聞き慣れた声が通路へ響く。
「姉ちゃん!」
振り返ると、数人の男たちに囲まれたマナミが歩いてきた。
両手は縛られていない。
だが、首筋には短剣がぴたりと添えられている。
「離せ!」
思わず鉄格子へ駆け寄る。
「やめろ!」
ジャンヌは満足そうに微笑んだ。
「私たちだって暇じゃないの。」
「言うことを聞かない子には、交渉材料が必要でしょう?」
マナミは必死に首を振る。
「ナオト! ダメ!」
その瞳は涙で潤んでいた。
「絶対に封印へ触っちゃダメ!」
リーダーはため息をつく。
「姉弟そろって、本当に手が掛かる。」
そう言うと、マナミの肩へ手を置き、静かに告げた。
「どちらかを選べ。」
「封印を開けるか。」
「それとも、お姉さんが先か。」
⸻
ナオトは深く息を吸った。
(冷静になれ。)
エンヤさんが、いつも口癖のように言っていた言葉だ。
『斥候は誰よりも先に状況を見ろ。焦るな。冷静なれ。』
ヒースさんも笑いながら言っていた。
『お前とマナミなら無敵だ。だから一人で何とかしようとするな。』
そうだ。
僕たちは、一人じゃない。
精霊使いの中でも、マナミは特別だった。
五属性すべての精霊が仲間でいる。
使役ではない。
契約でもない。
共に笑い、共に戦う仲間だ。
マナミが、ほんの僅かに目配せをする。
指先が小さく動いた。
それだけで十分だった。
五体の精霊が、一斉に応える。
『魔法無効化』
五属性の精霊が揃った時だけ発動する、奇跡の力。
精霊由来の魔法だけではない。
人間が扱う魔法さえも、その空間では掻き消される。
もちろん、精霊と契約していない僕とマナミには影響しない。
改めて宵闇の狐の面々を見る。
リーダーの剣士フォクス。
魔法使いジャンヌ。
槍使いクード。
そして、ダークエルフのカイヤ。
マナミへ短剣を突き付けている者たちは、おそらく雇われのならず者だ。
その瞬間だった。
鉄格子の隙間から、ナオトのヨーヨーが一直線に飛ぶ。
「ぐっ!?」
細い鋼糸がフォクスの首へ巻き付き、その身体を引き寄せた。
「なっ!? お姉さんがどうなっても――」
ジャンヌが叫びながら振り返る。
だが、その言葉は途中で止まった。
ならず者たちは、すでに土槍によって貫かれ倒れていた。
そして、そこにいたはずのマナミの姿もない。
「魔法を!」
ジャンヌが詠唱を始める。
だが――。
「……え?」
魔法が発動しない。
「どうして!?」
「俺もだ!」
カイヤも目を見開いた。
「魔法が使えねぇ!」
「この野郎!」
槍使いクードが鉄格子越しに槍を突き出す。
だが、奥行きのある牢へ届くはずもない。
その時だった。
「その鉄格子――逆に使わせてもらいます!」
マナミの声が背後から響く。
ナオトは即座に土魔法を発動した。
通路の壁が隆起し、逃げ道を完全に塞ぐ。
そこへ一柱の精霊が舞い降りた。
金剛の精霊。
岩肌に眠っていた淡い銀色の鉱脈が、呼応するように輝き始める。
まるで糸を紡ぐように、銀色の光が宙へ引き出されていく。
「ミスリル……。」
ジャンヌが息を呑んだ。
精霊は鉄を嫌う。
精錬された鉄は自然から切り離された存在であり、精霊の力を拒む。
だが、天然の魔力鉱石――ミスリルだけは別だった。
自然が育み、魔力を宿した鉱石。
精霊と共鳴する希少鉱物。
金剛の精霊は、その鉱脈へ優しく触れる。
銀色の鉱石は意志を持つように絡み合い、美しい格子へと姿を変えた。
一瞬で完成する、堅牢なミスリルの檻。
「馬鹿な!」
フォクスが剣を振り下ろす。
甲高い音が響く。
だが、傷一つ付かない。
「これが……精霊使い。」
ジャンヌの顔から、初めて笑みが消えた。
ナオトは檻の向こうから手を振る。
「で、マナミ〜。」
「僕、どこから出ればいいの?」
マナミは呆れたようにため息をついた。
「土魔法でモグラみたいに掘って出てきなさい。」
「えー、冷たい!」
「言うことを聞かなかった弟には、罰が必要です。」
「うぅ……。」
ナオトは肩を落とし、黙々と土を掘り始めた。
◇
ダンジョンを出る頃には、すっかり夜になっていた。
遠くから何本もの松明が近付いてくる。
先頭を走る赤髪の女性。
「エンヤさん!」
次の瞬間だった。
バシンッ!
乾いた音が夜の森へ響く。
頬に熱が走る。
叩かれた。
「馬鹿者ッ!!」
初めて聞く、エンヤの怒鳴り声だった。
「斥候が、素性も分からん連中について行くな!」
「でも……。」
「でもじゃない!」
肩が震えている。
怒っている。
……違う。
震えていたのは、恐怖だった。
「お前たちが帰ってこないと聞いて……どれだけ心配したと思ってる!」
言葉が出ない。
マナミも俯いていた。
「冒険者は勇気と無謀を履き違えるな。」
静まり返る森の中。
エンヤは二人を真っ直ぐ見つめる。
「緑水の調べの名を守れと言った覚えはない。」
「お前たち自身の命を守れと言ったんだ。」
その一言で、胸に張っていたものが切れた。
「ご……ごめんなさい。」
涙が止まらない。
エンヤは大きくため息をつき、乱暴に二人の頭へ手を置いた。
「……生きていてよかった。」
その声だけが、ひどく優しかった。
しばらくして、一人のエルフが静かに歩み寄る。
ヒースだった。
「ナオト。」
「……はい。」
「エンヤは怒ってたと思うか?」
「はい……。」
ヒースは静かに首を振る。
「違う。」
「え?」
「怖かったんだ。」
双子は顔を見合わせた。
「俺たちエルフは長生きだからな。」
「仲間を失う辛さを、何度も見てきた。」
夜空を見上げ、ヒースは静かに続ける。
「だからエンヤは怒った。」
「ギルド長だからじゃない。」
「家族だからだ。」
双子は黙って頷いた。
ヒースはいつもの柔らかな笑みに戻る。
「それとな。」
「はい。」
「ナオト、お前は斥候だ。」
「地面を見る。」
「マナミは精霊使い。」
「空気を見る。」
「だから――。」
ヒースは二人を交互に見た。
「二人で一人前なんだ。」
ナオトは拳を握る。
「……次は僕が先に気付きます。」
ヒースは笑った。
「違う。」
「次は、二人で先に気付け。」
「はい!」
双子の返事が夜空へ響く。
その様子を見ていたアーノルドが、大楯を肩へ担ぎ直しながら豪快に笑った。
「よし! 説教も終わったな!」
「帰るぞ! 腹が減った!」
エンヤが呆れたように肩をすくめる。
「……まったく。」
ようやく緊張が解け、双子は顔を見合わせて笑った。
この日からナオトは、誰か一人の力を信じるのではなく、
仲間を信じる斥候になることを心に誓った。
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