【第6章】 第149話

【第6章】第149話 精霊王妃の眠る棺

「魔法庁の調査隊は、マシュー長官と斥候の方がさらわれています。調査隊だけで行かせるのは無謀過ぎる。」
エマさんが現場を説明してくれる。

「あのマシュー長官のブレスレットの石が彼の痕跡か、それともこの先へ誘う罠かも現時点ではわかりません」
と、真琴も現状のはっきりとした返答だ。

「私としては、左に行きたい。」グレアムが正直に吐露した。

「ここは、魔法庁調査隊と母さんたちが率いる『緑水の調べ』が左へ。真琴たちは右へ向かうのが最善だと思う」

ヴィクトルが間をとるように言った。

「ごめんなさい、私はやはり主人の意思を尊重したくて…」

「必然と思いますよ?私は蜘蛛ちゃんズの示す方に行ってあげたいと思う事と同じ」

「蜘蛛と私は同列…」グレアムが何故か落ち込んでいる。

「お父様は、蜘蛛ちゃんズの活躍をちゃんと見てないから言えるのです。ここまで無事に来れたのは彼らのおかげなのですよ?」

クラリスに、さらに無能呼ばわりされてないか?と、エマを見た。

奥さん、頷いている。

「僕が斥候として、左側のダンジョン攻略してきます!皆さんは安心して、右側に進んでください。」

エマがナオトの肩を抱きしめて言った。

「彼もこう言ってるし、任せてくれる?」

「問題ない――」っと言い終わらないうちに緑水の調べ内から声が上がった。

「すみません。エマさん!」

「あら?マナミどうしたの?」

「あの今回は、私は右に行きたいと思います。」

「姉さん、何故?」

緑水の調べパーティーの中程からナオトの姉である精霊使いのマナミが出てきた。

「どうしたの?マナミ」

「精霊が…精霊たちが右に行けと騒いでいるのです。申し訳ありません」

「謝ることではないわ。真琴さん、マナミを預けていい?」

「勿論です。責任を持って預からせていただきます。」

真琴は、クラリスとリオに目配せをして、マナミに寄り添わせた。

クラリスがとととっと真琴の所に走ってくる。
「探検ゴーグルで確認する?」

クラリスがかけていた探検ゴーグルを真琴に貸した。

マナミの周りの精霊が混乱状態だ。

「リオ、あの状態じゃ相当辛いんじゃなくて?」

「勿論だよ。よく倒れないで歩いて来れたと思う。ずっと我慢してたんだね。僕も余裕がなくて気がついてあげられなかった」

「リオのせいじゃないわ。精霊の混乱か。私たちの優先順位は、右側に間違いがない」

真琴も迷いは捨てた。

「このT字路にアンカーを打ちましょう。右、左と分かれますがまずは自分たちの安全を第一に進みます。」

みんな頷いた。

右側の通路は、すぐに部屋に辿りついた。
と言ってもその部屋の広さが尋常じゃなかったのだが、

「ここもか…」リオが言った。

壁から供給される太い管。それが、床を這い、部屋の中心へと集まっていく。

部屋の中心には、ガラスの棺が横たわっていた。
その前にその棺を守るように黒狼がいる。

「凄い!精霊達があのガラスの棺に群がっているわ」
クラリスが探検ゴーグル越しに精霊が見えるのだろう。

「私の精霊も、先ほどまで混乱していたのですが、今はガラスの棺へ向かって飛んでいきました。」
マナミの精霊も飛んでいったという。

「ここからでもわかるよ。あの棺に寝ている人が誰なのかがね」リオが確信したように言った。

「誰が寝ているの?私たちがそばに寄っても大丈夫?」
真琴がリオに確認する。

「いや、あの黒狼が守っているのがわかるだろう?僕たちが敵意を持っていないから止まっている。でも、距離を保つことは必要だろうね」

「そう…あそこには誰が眠っているの?」
真琴はリオに聞いた。

「精霊王妃。精霊王の妃であり、精霊を生み出すものだね。」

リオの言葉に、その場にいた誰もが息を呑んだ。

「精霊王妃……?」

真琴は思わず、その名を繰り返した。

王や女王なら理解できる。
だが、精霊王妃という存在は、この世界の歴史書にも、王立図書館で読んだ文献にも記された記憶がない。

「精霊王は知っていても、その妃の存在まで語られることはほとんどない。」

リオは静かに続ける。

「あまりにも古い時代の存在だからね。神話ですら断片しか残っていない。」

部屋全体に、どこからともなく淡い光が満ち始めた。

それは照明でも魔法でもない。

棺へ集まった精霊たちが放つ、小さな命の輝きだった。

一匹、また一匹。

色も姿も異なる精霊たちが、まるで母親の眠りを見守る子どものように、棺の周囲へ集まっていく。

誰一人として騒がない。

普段なら無邪気にはしゃぐ精霊たちでさえ、この部屋では羽音すら遠慮しているようだった。

「……悲しんでいる。」

マナミが胸に手を当て、小さく呟く。

「長い……長い眠りを。」

その声を聞き、クラリスも探検ゴーグルを外した。

「だからだったのね……。」

彼女の瞳には、いつもの好奇心ではなく、言葉にできない敬意が宿っていた。

黒狼は依然として棺の前に立ち続けている。

牙を剥くこともない。

威嚇することもない。

ただ、その赤金色の瞳だけが、一行を静かに見つめていた。

まるで問うように。

お前たちは、この眠りを乱す者か。

それとも――。

終わらぬ使命を受け継ぐ者か。

真琴は一歩も踏み出さなかった。

不用意に近づいてはいけない。

この部屋は遺跡ではない。

祭壇でもない。

数千年、あるいはそれ以上の時を越えてなお守られ続けてきた、世界そのものの記憶だった。

壁を走る無数の管は、今もなお静かに魔力を送り続けている。

まるで、この眠りだけは絶対に終わらせてはならないと誓うように。

真琴は胸の奥で、小さく息を吸った。

ここは、この世界の秘密が眠る場所。

そして、自分たちは今、その扉を開こうとしている。

誰も口を開かなかった。

静寂だけが、この広大な部屋を支配していた。

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