【第6章】 第150話

【第6章】第150話 精霊が従う者


だとすると、この黒狼が何故マシュー達の拉致をしたのか。

グレアム達魔法庁の隊を襲った狼の群れは、この黒狼に指揮されていたという。

「僕が、彼の意思を聞こう」

リオが一歩前へ出た。

ゆっくりと敬意を払いながら黒狼へ近づく。

黒狼もまた、その姿勢に敵意は見せない。

「問う。何故、人間の隊を襲った?」

黒狼は静かに口を開いた。

「近づく者は邪魔だ。だが、ここの装置の起動を手助けした者の依頼だった。」

「精霊王妃は、この棺で亡くなっていたのではないのか?」

「いや。」

黒狼は首を横に振る。

「時を待ち、眠っていただけだ。だが、あまりにも長き眠りだった。装置には不具合が生じていた。それを直した人間が現れ、我はその者の願いに応えただけだ。」

リオの表情が険しくなる。

「その人間が、精霊を魔石へ無理やり融合させ、命を奪っていることは知っているか。」

黒狼の赤金色の瞳が揺れた。

「……何だと?」

「知らなかったのか。ダンジョン入口に転がっていた不安定な魔石を。腐臭漂う生体の残骸を。」

黒狼は苦しそうに目を伏せた。

「装置を維持するための犠牲だと聞いた。皆、自ら望み、世界のために力を捧げたのだと。」

リオは静かに首を横へ振る。

「違う。」

その一言は短い。

しかし、精霊王代理として幾千年を生きた者の重みがあった。

「精霊は望んで魔石になどならない。」

部屋が静まり返る。

「彼らは捕らえられ、意思を奪われ、魔石へ封じ込められている。力を搾り取られ、壊れれば捨てられる。」

黒狼は言葉を失った。

「そんな……はずは……。」

「ならば何故、入口は腐臭で満ちていた。」

「……。」

「何故、不安定な魔石ばかりだった。」

答えはなかった。

疑問には思っていた。

だが、信頼した人間の言葉を疑う理由がなかった。

『世界を救うためだ。』

『皆、自ら望んでいる。』

その言葉を信じ続けてきた。

何千年もの間、この場所を守り続けてきた黒狼に、人間の営みを知る術はなかったのだから。

「……我は。」

低く漏れた声から、威厳は消えていた。

「騙されて……いたというのか。」

その瞬間。

棺の周囲を漂っていた精霊たちが、一斉に黒狼のもとへ舞い降りる。

責めることなく。

怒ることなく。

小さな光となり、その黒い毛並みに優しく触れていく。

黒狼は静かに目を閉じた。

何千年という孤独。

守り続けてきた使命。

そのすべてが、今、音もなく揺らぎ始めていた。

「リオ、そこまでで話はお終い。」

真琴が一歩前へ出る。

「黒狼さんに伝えて。私たちは、貴方が攫った人たちを助けに来たの。だから邪魔だけはしないでほしいって。」

リオがそのまま黒狼へ伝える。

黒狼はゆっくりと真琴を見つめた。

「真琴、それでいいの?」

「それでいい。」

真琴は迷いなく頷いた。

「精霊王妃を守る役目は誰かが果たさなきゃいけない。それに、精霊さんたちも黒狼さんを責めていないんでしょう?」

真琴はマナミへ視線を向ける。

「はい。」

マナミは目を閉じ、小さく微笑んだ。

「ここへ来るまでは混乱していた精霊たちも、精霊王妃の存在を知って落ち着きを取り戻しました。今は黒狼さんを責める気持ちは感じられません。」

「だそうよ。」

真琴は少しだけ笑った。

「だから今は、みんなを助けることを優先しましょう。」

黒狼は精霊王妃の眠る棺を見上げた。

そして再び真琴たちへ向き直る。

「……我が案内しよう。」

その声には、もう先ほどまでの警戒心はなかった。

「お前たちの仲間のところへ。」

「え?」

真琴が目を丸くする。

「T字路を左へ進んだ先じゃないの?」

黒狼は驚いたように目を見開いた。

「違う。」

その一言に、その場の空気が張り詰める。

「左は奴が造り上げた兵の眠る場所。」

黒狼は低く唸るように続けた。

「ゴーレム兵士の兵所だ。」

誰も息を呑む。

「そして、その奥には――。」

黒狼の視線は、遺跡のさらに深い闇へ向けられた。

「古代遺跡最大の力を持つ、ゴーレム巨人が眠っている。」

その言葉に、一同の表情から笑みが消えた。

グレアムたちが向かった左の通路。

そこは、救助へ向かう道ではなく。

死地へ続く道だった。


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