【第5章】 第117話
【第5章】第117話 水晶竜の待つ場所
砂漠の終着点――古代遺跡。
入るたびに構造が変わる迷宮。
その理由は、この遺跡の最深部に存在する“ゲート”にあった。
ゲートの先には、水晶竜が眠る空間がある。
神格化の域に到達した竜。
その力は幻惑と空間改変。
かつては、その影響を長時間受けた者が水晶化してしまうほど強力なものだった。
ヴィクトルとクラリスの両親が十五年もの歳月を彷徨い続け、瀕死の状態になったのもそのためだ。
だが今は違う。
リオが水晶竜との接触に成功し、暴走していた影響は大きく抑制されている。
少なくとも以前ほど危険な場所ではない。
――そのはずだった。
「蜘蛛ちゃんズ、案内よろしくね」
真琴がそう言うと、小さな蜘蛛たちは嬉しそうに先へ走っていく。
その後を一行が追う。
足元の地図板には罠の位置が表示されている。
新たに発生した魔物も、かつての女王蟻のような脅威には成長していない。
レオンハルトの剣が閃き、
アリアの矢が正確に急所を射抜く。
体力の回復は、フィオナに任せた。
そして、危なげなく最深部へと進んでいった。
やがて。
見慣れた広間へ辿り着く。
古代遺跡の最奥。
そこには、遺跡の景観とはまるで噛み合わない存在があった。
青白く発光する巨大な門。
石でも金属でもない。
見る者によって印象が変わる奇妙な物質。
世界の継ぎ目のような存在。
ゲートだ。
「これが……」
アリアは思わず足を止めた。
何度見ても慣れない光景だった。
「アリアさん、近寄っちゃ駄目よ」
フィオナがすぐに声を掛ける。
「吸い込まれるから」
「はいはい、分かってる」
アリアは両手を上げながら数歩下がった。
今回は誰も向こうへ行かない。
行くのは一人だけだ。
真琴がレオンハルトを見る。
「準備いい?」
「ああ」
短く答える。
レオンハルトは腕に巻いていた包帯を外した。
その下には、水晶竜との繋がりを示す痕跡が残っている。
ここへ来るまでに説明は受けていた。
今回の目的も理解している。
水晶竜との接触。
そして、確認。
レオンハルトは迷わずゲートへ手を伸ばした。
青白い光が揺らぐ。
次の瞬間。
身体が光に溶けるように消えた。
静寂。
「……大丈夫かな」
フィオナが呟く。
真琴はゲートを見つめたまま答えた。
「多分ね」
少しだけ笑う。
「そろそろ水晶竜も起きてる頃だと思うし」
任せるしかない。
レオンハルト自身が納得して選んだことだ。
真琴たちは静かに待つことにした。
⸻
一方その頃――王都。
ヴィクトルはシュバルツ邸へ戻っていた。
両親もすでに帰宅している。
だが、ヴィクトルの頭の中には、まだ旧搬入区画で見た光景が残っていた。
円環。
空白。
そして――クラリス。
本当なら今すぐ会いに行きたかった。
だが、リオの言葉が頭から離れない。
『今は理解する段階じゃない。判断する段階だ』
焦れば見誤る。
あの場所で見たものは、それを嫌というほど教えていた。
ヴィクトルは深く息を吐く。
そして、旧搬入区画で起きた出来事を両親へ説明した。
全てを理解できた訳ではない。
むしろ分からないことの方が増えた。
それでも、一つだけ確かなことがある。
クラリスの問題は、もはや単純な政治問題ではない。
「深いところはリオの情報待ちだ」
ヴィクトルがそう言うと、
エマは静かに頷いた。
「それが正しいと思うわ」
感情だけで動く段階ではない。
相手が何なのかすら、まだ見えていないのだから。
グレアムも腕を組む。
表情は珍しく真剣だった。
「お前が無事に戻ってきたことが何よりだ」
その言葉にヴィクトルは顔を上げる。
グレアムは続けた。
「王家に近い場所には、触れてはいけないものもある」
「理由も分からず踏み込んで、そのまま消えた人間もいる」
冗談ではない。
実際に見てきた者の言葉だった。
ヴィクトルは黙って聞く。
だが、決意だけは変わらない。
「……それでも、クラリスには会う」
静かな声だった。
エマとグレアムは顔を見合わせる。
そして否定しなかった。
グレアムは小さく笑う。
「だろうな」
「止めても行くだろ」
ヴィクトルも苦笑した。
否定できない。
だが今は飛び出さない。
そのために戻ってきたのだから。
窓の外では、王都の朝が本格的に始まりつつあった。
一方、遠く離れた砂漠では、水晶竜の眠る空間へとレオンハルトが足を踏み入れている。
別々の場所。
別々の問題。
だが、その先にあるものは、どこかで繋がっていた。
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