【第2章】 第50話

【第2章】第50話 世界の判定


——王都、宮殿。
第一王子私室。



「というわけで」

ルナミナが、腕を組んで言い放った。

「これで貸し借り無しなんだから!」

空気が、止まる。

「……はぁ?」

真琴の声が、低く落ちた。

「いやいやいや」

一歩、前に出る。

「今の流れでそれ言う?」

「言うわよ!」

ルナミナが即答する。

「助けてもらったのは事実だけど、こっちだって協力したじゃん!」

「“協力”?」

真琴の眉が、ぴくりと動く。

「セラフィナが王都直してるんだから、十分でしょ!」

胸を張るルナミナ。

「それ、“借り返してる最中”って言うのよ」

ぴしり。

一瞬だけ、空気が揃う。

すぐに崩れる。

「う……」

ルナミナが、言葉に詰まる。

「大体ね」

真琴が、ため息をついた。

「誰のせいでああなったと思ってんのよ」

「……それは……」

視線が泳ぐ。

「ほら」

真琴が、手を差し出した。

「まだ終わってないの。貸し借りなんて」

沈黙。

ルナミナが、むっと頬を膨らませる。

「……でも」

小さく。

「ちゃんと……助けてって言ったもん」

その一言に——空気が、わずかに揺れる。

「……は?」

真琴が、眉をひそめる。

「言ったもん」

ルナミナが、顔を逸らしたまま続ける。

「ちゃんと……お姉様助けてって……」

真琴が、ちらりとリオを見る。

リオは、無言で肩をすくめた。

「……確認する?」

にやり、と。

真琴の口元が歪む。

「シャドームーン」

静かに呼ぶ。

「検索。ルナミナ映像のログ」

その瞬間——
部屋の隅に控えていたシャドームーンの瞳が、金色に光った。

空間に、映像が展開される。

——ノイズ。
——揺れる視界。

そして。

『お姉様を助けて……!』

ぐしゃぐしゃの顔。
涙で崩れた声。
必死に、手を伸ばしている。

「……っ」

ルナミナが、固まった。

『お願い……助けて……!』

その声は——さっきまでの強がりとは、別物だった。

「……あー」

真琴が、わざとらしく頷く。

「確かに、“ちゃんと”言ってるわね」

にやり、と笑う。

「全力で」

「やめてぇぇぇぇ!!」

ルナミナが、顔を真っ赤にして叫んだ。

「消して!それ消して!!」

じたばたと暴れる。

「記録は消えません」

シャドームーンが、淡々と告げる。

「ぐぬぬぬ……!」

ルナミナが、その場にうずくまった。

「……ほらね」

真琴が、軽く肩をすくめる。

「貸し借りどころか、むしろ増えてるでしょ」

「うぅ……!」

涙目のまま、睨み上げる。

だが——言い返せない。

「……まあ」

真琴が、少しだけ声を落とした。

「助けてって言われたから、助けただけだけど」

一拍。

「そこは、勘違いしないで」

ルナミナが、ぴたりと動きを止める。

「……なにそれ」

「仕事よ」

真琴は、あっさり言った。

「デバッガーの」

沈黙。

「……意味わかんない」

ルナミナが、小さく呟いた。

だが、その顔は——さっきより、少しだけ柔らいでいた。



——王都、外郭。

空気が、戻っていく。

歪んでいた石畳。
乱れていた流れ。
崩れかけていた“配置”。

それらが——元に戻る。

「……それでいいのよ」

セラフィナが、小さく呟いた。

整えない。
積み替えない。
書き換えない。

ただ——

「元に、戻す」

その動きは、明確に“抑えられていた”。

「……意外ね」

背後から、リオの声。

「もっとやると思ったが」

「やらないわ」

セラフィナは、振り返らない。

「人質がいるもの」

一拍。

「それに——今回は、これで十分」

空間が、静かに整う。

だが——“揃いすぎない”。

人の呼吸は、バラバラのまま。
視線も、歩幅も、揃わない。

「……ちゃんと“戻ってる”」

真琴が、低く言った。

「最低限ね」

その瞬間——

ぴしり

空気が、裂けた。

「……来たか」

リオが、視線を上げる。

空の一点。

そこに——“歪み”が、現れる。

黒い、ではない。

“意味が、重い”

「……何あれ」

真琴が、眉をひそめる。

『——検出』

声でも、魔法でもない。

“判断”

『不整合』

空間が、震える。

『優先対象——排除』

「ちょっと待ちなさいよ」

真琴が、顔をしかめる。

「それ、誰に向かって言ってんの?」

答えは——必要なかった。

“それ”が、動いた。

一瞬で距離が消える。

「っ——!」

リオが、即座に割り込む。

「止まらない……!」

「当然よ」

セラフィナが、静かに言う。

「それは“誰かの術”じゃない」

一拍。

「結果よ」

「はぁ!?」

真琴が振り向く。

「この世界の“判定”」

淡々と。

「ズレたものに、出る」

「じゃあ私達アウトじゃない!」

「ええ」

即答だった。

「全員ね」

次の瞬間——

空間が、押し潰された。

「っ……!」

重い。

立っているだけで、削られる。

「王子は——!」

真琴が叫ぶ。

遠く。

第一王子が、歯を食いしばっていた。

だが。

「……無理だな」

静かに、言った。

「これは……人がどうにかする領域じゃない」

その判断は、正しかった。

「撤退だ」

短く。迷いなく。

「全員、散開して離脱!」

「逃がすの!?」

真琴が叫ぶ。

「違う」

王子が、即座に返した。

「成立していない戦闘は——続ける意味がない」

一拍。

「ここで死ぬ理由もない」

その言葉で——空気が、変わった。

「……合理的ね」

セラフィナが、小さく呟く。

「でしょ?」

真琴が、苦笑する。

「嫌いじゃないわ」

その瞬間——“それ”が、さらに近づく。

「行くわよ!」

真琴が、叫ぶ。

リオが、空間を切り裂く。
セラフィナが、最小限だけ道を整える。

そして——

全員が、散った。



“判定”だけが、その場に残る。

何も掴めず。

ただ——

世界に、刻まれる。

“ズレた存在がいる”という事実だけを。

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ここまで読んでいただきありがとうございます。
いよいよ、次の話で第2章はラストを迎えます。
な、長かった〜
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