【第2章】 第49話

【第2章】第49話 未完の最適化


——静けさが、残っていた。

完全ではない。

だが。

呼吸のタイミングが、わずかに揃う。



「……最悪」

真琴が、ぼそりと呟いた。

「余韻残ってる」

「当たり前だ」

リオが、低く返す。

「“あれ”は途中で止まっただけだ。消えてない」



視線の先。

セラフィナは、立っていた。

自力で。

だが——

「……っ」

一瞬だけ、空気が揃う。

すぐに崩れる。



「……面倒ね」

本人が、一番分かっていた。

「残ってるわね。かなり」

「借りすぎたんでしょ」

真琴が、あっさり言う。



セラフィナが、わずかに目を細める。

「……否定はしないわ」



その瞬間——

空気が、重く沈んだ。

『……』

低い、沈黙。

さっきとは違う。

“見ている”のではなく——

“測っている”。



「……来る?」

ルナミナが、びくりと肩を震わせる。

だが。



『——いい』



その一言で、空気が止まった。

『今回は、ここまでにしておく』



リオが、眉を寄せる。

「……随分あっさりだな」

『……想定外が混じった』

短い言葉。

だが、それで十分だった。



『調整が必要だ』



一拍。

『それも含めて——回収する』



空気が、引いていく。

圧が、消える。

完全に。



「……行った?」

ルナミナが、恐る恐る呟く。

「一旦な」

リオが、短く答えた。

「“引いた”だけだ。終わってない」



「分かってるわ」

セラフィナが、静かに言う。

その目は——

さっきより、少しだけ“戻っている”。

だが。

完全ではない。



「……で?」

真琴が、手を叩いた。

「働いてもらうわよ」



「は?」

ルナミナが、素で聞き返す。

「今の王都、ぐちゃぐちゃでしょ」

真琴は、あっさり言う。

「原因の一端、あんた達なんだから」



一拍。

「責任、取りなさい」



空気が、張る。

だが。

セラフィナは、否定しなかった。



「……合理的ね」

小さく、呟く。

「ちょうどいいわ」



「お姉様!?」

ルナミナが驚く。

「いいの!?」



「いいのよ」

セラフィナは、静かに頷く。

「“借り”もあるし」



その言葉で、ルナミナが口を閉じた。



「……ただし」

セラフィナが、真琴を見る。

「範囲は限定する」

「当然」

真琴は即答した。

「全部任せる気ないから」



「賢明ね」



そのやり取りに——

リオが、ため息をつく。

「……話が早すぎる」



「時間ないでしょ」

真琴が、軽く肩をすくめた。

「それとも、あれまた呼ぶ?」

「却下だ」

即答だった。



その時——

遠くから、足音が響いた。

複数。

速い。



「……来るぞ」

リオが、視線を向ける。



扉の向こう。

「真琴!」

聞き慣れた声。

勢いよく、扉が開いた。



「無事か——!」

ヴィクトルだった。

その後ろには——

第一王子。



「……これは」

王子が、室内を見渡す。

歪みかけて、整いきらない空間。

そして——

真琴の隣に立つ、二人。



一瞬。

王子の指先が、わずかに止まった。



だが、それだけだった。



「説明してもらおうか」

低い声。

だが、敵意はない。



「長くなるけど?」

真琴が、軽く笑う。

「聞く価値はある」

王子は、迷わず答えた。



その視線が——

セラフィナへと向く。



一瞬。

空気が、揃いかける。



「……やはり、か」

小さく、呟く。



だが、それ以上は何も言わない。



「後で話を聞こう」

その一言だけを残し——

王子は踵を返した。





——宮殿、私室。



第一王子は、数歩後ろに控えていた。



視線の先。

皇后は——鏡の前に立っている。



背筋は真っ直ぐ。

動きは正確。

呼吸すら、乱れない。



「陛下」

王子が、静かに口を開く。

「本日の件ですが——」



「問題ありません」

皇后は、振り向かないまま答えた。



一拍の遅れもない。



「すでに、最適化されています」



その声は、穏やかで。

柔らかくて。

——隙がない。



「……そう、ですか」

王子は、わずかに言葉を選ぶ。



だが、それ以上は踏み込まない。

踏み込めば——

何かが壊れると、分かっているからだ。



「では、私はこれで」

「ええ。ご苦労様」



短い応答。

完璧なやり取り。

何も問題はない。





王子は、一礼し——部屋を後にした。



扉が閉まる。



音が、消える。





静寂。





皇后は、しばらくそのまま立っていた。

鏡に向かって。

微動だにせず。





やがて——





口元が、わずかに歪む。



だが。

その変化は——

正面からは、見えない。



鏡の中だけが、それを映す。



整いすぎた顔。

その輪郭が、ほんの僅かに崩れる。



笑み。



だが——

それは、先ほどまでの“正しい笑顔”ではない。



抑えきれないものが、滲み出たような。



歪んだ——笑み。



「……ふふ」



小さな、吐息。



その瞬間。

鏡の中の皇后の瞳が——

わずかに、揺れた。





すぐに。

何事もなかったかのように、整う。



皇后は、再び無表情に戻った。





すべては——

正しい状態のまま。

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