【第6章】 第129話

【第6章】 第129話 動き続ける装置


新ダンジョンの調査からヴィクトルが帰還した。

今回はダンジョン内部の探索ではなく、入り口周辺における魔石の分布調査と、その周辺地域の環境確認が主目的だった。

その調査報告書は魔法庁へ提出され、さらに長官の精査を経て王宮へと上げられる手筈になっている。

現在、魔法庁長官マシューの執務室には、その“問題の魔石”が置かれていた。

「これが、その魔石か」

魔石はその不安定性ゆえ、ドワーフ工房に特注で作らせた封印ケースに収められている。ケース外へ取り出さない限り、暴発の危険はない。

「はい。先行調査員の報告でも一致していますが、魔石はダンジョン内部から“吐き出されるように”増殖しているとのことです」

「吐き出される……? 魔石を生む魔物がいるとでも言うのか?」

通常、魔石は魔物の体内に一つだけ生成される。人間で言えば心臓に等しい。それが外部へ“排出される”など、本来あり得ない現象だった。

ヴィクトルはもう一枚の報告書を差し出した。

「こちらもご確認ください」

「成分分析か……? どれ……」

マシューの目が止まる。

「……魔石の中心核は、通常構造とは異なる“第二の核”を有する……? 何だこれは」

ページをめくる指がわずかに止まる。

「“精霊のコア”……だと?」

「魔石に精霊のコアが含まれている。だからこそ、構造が不安定なのだと思われます」

「そんなものが……存在すると? 生物として成立しているのか?」

「魔法庁の研究班は、該当する存在があるとすれば“キマイラ”級の人工生命体である可能性を示唆しています」

「キマイラ……古代に存在した人工魔物か」

かつて古代文明は、生命そのものを設計・構築する技術を持っていたとされる。

複数の生物要素を組み合わせた人工生命――キマイラ。

だが、その技術体系は突如として歴史から消えた。

ゆえにそれは、現在では“失われた神話”として扱われている分野だった。

古代魔法、古代技術、そして古代遺跡。

長官となった今でも、マシューはその分野の報告書だけは無意識に目を通してしまう。

かつて自分も、そしてグレアムもまた、その研究に没頭していた。

研究室に寝泊まりし、遺跡の欠片ひとつで夜明けまで議論を交わした日々。

あの頃は、古代技術はあくまで“過去の遺産”だった。

まさかそれが今、“現在進行形の技術”として顔を出すとは思ってもいなかった。

「長官?」

沈黙したマシューに、ヴィクトルが声をかける。

「ああ……すまない。私もかつては、この分野に深く関わっていたものでな」

マシューは視線を戻し、魔石へと向けた。

「ヴィクトル。率直に聞く。このダンジョンを、どう見る?」

「推測でよろしければ」

「構わん。言え」

「何者かが、古代技術を利用している可能性が高いと考えます」

その言葉に、室内の空気がわずかに重くなる。

「グレアムも王命を受け、情報収集に当たっていると聞いている。ヴィクトル、父と連携し、この件を最優先で進めてくれ」

「承知しました。最優先で対応いたします」

ヴィクトルは一礼し、静かに執務室を後にした。

扉が閉じる音が、やけに重く響く。

「古代技術、か……」

マシューは背もたれに身を預け、天井を見上げた。

「不謹慎だとは分かっているが……血が騒ぐな」



――シュバルツ邸・グレアム私室。

窓の外は静かで、昼下がりの光が重厚な書棚の列を淡く照らしていた。

その部屋の中央に、ヴィクトルは立っていた。

机の上には、現地調査の地図と魔石に関する報告書が整然と並べられている。

そして、その対面にグレアムが座っていた。

「……それで、現物は魔法庁か」

グレアムは資料から目を離さずに言う。

「ああ。封印ケースごと長官管理だ」

ヴィクトルは短く答え、別の報告書を机に置いた。

「問題はそこではありません」

「ほう」

グレアムがようやく視線を上げる。

ヴィクトルは淡々と続けた。

「魔石はダンジョン内部から生成されているのではない。外へ向かって“吐き出されるように増えている”」

一瞬、紙をめくる音が止まった。

「吐き出される……?」

グレアムはその言葉を反芻するように呟く。

「通常の魔石生成とは逆だな」

「はい。さらに追加で解析結果があります」

ヴィクトルはもう一枚の資料を差し出した。

グレアムはそれを受け取り、静かに目を走らせた。

数行進んだところで、指が止まる。

「……魔石の中心核に“第二構造”」

視線がわずかに鋭くなる。

「精霊のコア、か」

ヴィクトルは頷いた。

「魔力核とは別系統の反応体です。重なって存在している可能性が高い」

部屋の空気が、わずかに変わる。

グレアムは椅子に深く背を預けた。

「自然発生ではないな」

「断定できますか」

「断定というより、成立条件の問題だ」

グレアムは静かに言う。

「通常の魔石構造は単一核だ。そこに別系統の核を“共存”させるなら、必要なのは生物学ではなく設計だ」

ヴィクトルの目が細くなる。

「人工生成、という意味ですか」

「もう少し正確に言えば、“構造改変”だ」

グレアムは資料の別ページを開いた。

そこには古代遺跡由来とされる構造パターンの比較図がある。

その一部に、彼の視線が止まった。

「……一致している」

小さく、しかし確信を含んだ声だった。

「何とですか」

「古代技術体系の一系統だ。分類上はキマイラ構造に近い」

ヴィクトルの表情がわずかに変わる。

「キマイラ……実在したのですか」

グレアムは即答しなかった。

数秒の沈黙の後、静かに首を振る。

「“存在した”ではない」

「正確には、“動作していた痕跡が残っている”」

その言葉は、部屋の温度を一段下げた。

ヴィクトルは資料へ視線を落とす。

「では、このダンジョンは……」

「ダンジョンという前提を一度外せ」

グレアムは淡々と言った。

「少なくとも自然生成型の迷宮ではない」

ヴィクトルが顔を上げる。

「構造物、ということですか」

「あるいは」

グレアムは一拍置いた。

「“装置”だ」

その一言で、空気の質が変わる。

グレアムは続ける。

「魔石の増殖は副産物だろう。もし古代技術系統の再起動だとすれば、あれはエネルギー循環の結果として排出されている可能性が高い」

「排出物……」

ヴィクトルが呟く。

「内部で何かを稼働させているなら、必ず副生成物が出る。それが魔石だ」

グレアムはそこで一度だけ言葉を切った。

そして静かに続ける。

「そして中心に“精霊核”があるなら――」

視線を上げる。

「この装置は、まだ動いている」

沈黙。

外の風の音だけが、やけに遠く感じられた。

ヴィクトルは短く息を吐く。

「王宮への報告は、この方向でまとめます」

「待て」

グレアムが制した。

「確定表現は避けろ」

「ですが危険度は」

「高い」

即答だった。

「だが、“何が起きているか”はまだ確定していない」

グレアムは資料を静かに閉じる。

「必要なのはダンジョン内部だ。魔石ではない。“発生源そのもの”だ」

ヴィクトルは頷いた。

「では、次段階調査に移行します」

そのとき、グレアムがふと視線を上げた。

「ヴィクトル」

「はい」

「マシューは、この件にどこまで触れている?」

一瞬の間。

ヴィクトルは淡々と答えた。

「かなり強く興味を示しています」

グレアムは小さく息を吐いた。

「……あいつは、そういう時が一番危うい」

「危うい、とは」

「真実に近づくほど、理性より先に感情が走る」

グレアムは立ち上がる。

「昔からだ」

その言葉には、少しだけ遠い記憶の色が混ざっていた。

「ヴィクトル」

「はい」

「この件は、古代技術の発見で終わらない可能性がある」

「……続きがあると」

グレアムは静かに頷く。

「“何が動いているのか”を見誤るな」



書類が閉じられる音が、静かな部屋に落ちた。

その音だけが、この問題の“始まり”を告げていた。


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