【第6章】 第136話

【第6章】第136話 精霊の悲鳴


バサバサ……と伝書鳩が空を舞う。

降りてきた一羽の羽に、赤い血が付いていた。

「怪我してるの?」

フィオナがヴィクトルの元へ戻ってきた鳩に駆け寄る。

「いや、この鳩の血ではないようだ。」

ヴィクトルは羽をそっと確認しながら答えた。

「この街道の辺りで誰かが怪我をしてるのかしら?」

フィオナが言い終わるより早く――

ドォン!!

遠くで爆発音が響いた。

続けて、もう一つ、二つと爆音が鳴り、黒い煙が立ち上る。

「さっきのイノシシみたいなキマイラだろうか?」

その瞬間、リオの顔色が変わった。

「真琴、僕行ってくる!」

そう言うなり駆け出そうとする。

「待って! 私も行くから!」

真琴も慌てて後を追った。

他の仲間へ待機を伝え、二人は爆発音のした方角へ走り出す。

(私は攻撃方法なんて持っていないのに……)

それでも胸騒ぎがした。

リオがここまで我を忘れる姿を、真琴は見たことがない。

遠いと思っていた爆発音も、走ってみればすぐ近くだった。

その場には一組の冒険者パーティーが立っている。

「リオ君? 真琴ちゃん?」

聞き慣れた声が飛んできた。

「エマさん!」

真琴は急いで駆け寄る。

エマは冒険者パーティー『緑水の調べ』で調査中だったことを手短に説明した。

「爆発音が移動しながら近付いてきているんです。」

「あっ、また!」

ドォン!!

「きゃっ!」

マナミが悲鳴を上げ、その場にうずくまる。

「あの子、精霊使いで……爆発音がするたびに苦しみ出してしまって。」

リオは唇を強く噛み締めた。

両手を握り締め、小さく肩が震えている。

そして、静かに口を開いた。

「……違う。」

誰もが息をのむ。

「この音は爆発じゃない。」

リオの瞳に怒りと悲しみが宿る。

「精霊の悲鳴なんだ。」

真琴は静かに尋ねた。

「リオにも聞こえてるの?」

リオは苦しげに頷く。

「精霊のコアを生きたまま魔石に埋め込み、それをキマイラの心臓にしている……。」

言葉を続けるたび、拳に力が入る。

「拒絶するたびに、精霊が悲鳴を上げて爆ぜるんだ。」

「ええ……。」

マナミは涙を流しながら耳を塞いだ。

「こんな……爆ぜる道しか残されない精霊の悲鳴……辛い……!」

真琴は拳を強く握り締める。

「とりあえず、この場所で爆ぜる前の魔石を回収しましょう。」

リオは悔しさを滲ませながら頷いた。

「こんな実験、許せない……!」

(命だけじゃない。

心まで閉じ込めて利用するなんて……。)

「私も、こんな命を弄ぶことは許せない。」

真琴は通信機を取り出し、離れている仲間たちを呼び寄せた。

旅の必需品となった通信機と地図タブレット。

真琴は魔石探知を地図タブレットへ同期させる。

すると地図上には、トラップ反応として無数の光点が浮かび上がった。

「そんな……。」

周囲だけでも約五十。

「もう、こんなに!」

真琴は息をのむ。

「とりあえず、生体を眠らせて、魔石を取り出します。」

生体は、もう助からない。

心臓そのものが魔石へ置き換えられているからだ。

それでも、精霊のコアだけでも救える可能性がある。

爆ぜる前に止められれば、ダンジョンで何か方法が見つかるかもしれない。

そう考えた真琴は、エマたちへ作戦を説明した。

「リオ。誰かスリープの魔法を使える人はいる?」

「方法は?」

「私が魔法ログで最大強化する。その上で、スリープと風魔法を重ねて一気に広げたいの。」

エマは首を横に振る。

「エンヤは魔法使いだけど、スリープは覚えてないの。」

その時だった。

レオンハルトたちに続き、王子の馬車も到着した。

真琴は急いでヴィクトルの元へ駆け寄り、状況と作戦を説明する。

「スリープの魔法……。」

ヴィクトルが振り返ると、

アレクシス王子とルードヴィッヒが同時に手を挙げた。

「出来るぞ。スリープの魔法。」

「助かります!」

真琴が安堵した表情を浮かべる。

ルードヴィッヒは静かにアレクシス王子へ向き直った。

「殿下。一つお願いがあります。」

「何だ?」

「今回は発動せず、術式だけを維持してください。」

アレクシス王子は眉をひそめた。

「術式だけ?」

「はい。真琴様の合図まで待機していただきます。」

「……そんな器用な真似はしたことがないぞ。」

王子は率直に答えた。

ルードヴィッヒは静かに頷く。

「殿下の魔力は非常に強力です。」

「褒めているのか?」

「事実を申し上げております。」

わずかに間を置き、続けた。

「ですが今回は、その力を制御する必要があります。」

「制御か。」

「敵を倒す魔法ではなく、眠らせる魔法です。」

アレクシス王子は腕を組んだ。

「……なるほど。」

ルードヴィッヒは自ら魔法陣を展開する。

「剣で例えるなら、刃先を相手の首元へ当てたまま、振り下ろさず止めるようなものです。」

「それは……確かに難しいな。」

「だからこそ、殿下ならできます。」

アレクシス王子は小さく笑みを浮かべた。

「そこまで言われたらやるしかないな。」

王子はゆっくりと手を掲げる。

淡い光が掌に集まり、美しい魔法陣が静かに浮かび上がった。

その隣では、ルードヴィッヒも同じくスリープの術式を展開する。

「真琴様。こちらはいつでも。」

真琴は頷き、魔法ログを展開した。

「ヴィクトル。風魔法をここへ重ねて。」

「全く、いつも簡単に言う。」

ぼやきながらもヴィクトルは迷いなく風魔法を構築していく。

三人の魔法陣が並ぶ。

真琴は魔法ログへ指を滑らせた。

「今回は、スリープの深さを最大強化。さらに風魔法の拡散範囲へ重ね掛けします。」

魔法ログが淡く輝く。

アレクシス王子とルードヴィッヒのスリープ魔法が強化され、ヴィクトルの風魔法へと組み込まれていく。

三つの魔法陣が一つに重なった。

「……今です!」

真琴の合図と同時に、淡い光が風に乗って一気に広がる。

優しい風が街道を駆け抜け、地図タブレットが示す光点の先まで包み込んでいった。

真琴は地図タブレットへ視線を落とす。

赤く光っていた反応が、一つ、また一つと緑へ変わっていく。

「上手くいった……!」

思わず笑みがこぼれた。

「リオ! みんなと一緒に魔石を回収して!」

「うん! 回収したら僕のマジックボックスで保管するから!」

真琴は改めて理解した。

マジックボックスの中では、魔石は爆ぜない。

つまり、精霊たちにもまだ希望は残されている。

リオはレオンハルトたちと共に眠ったキマイラへ駆け出した。

魔石を慎重に取り出し、次々とマジックボックスへ収納していく。

その様子を見届けた真琴は、大きく息を吐いた。

「魔法、お疲れ様。」

アレクシス王子は両手を開いたり閉じたりしながら苦笑する。

「魔法を重ねるなど初めてだ。」

ルードヴィッヒは小さくため息をついた。

「殿下は、その前に魔法の精度をもう少し磨いてください。」

「敵を前にしたら、まず攻撃だ! 眠らせるなんて発想はない!」

堂々と言い切る王子に、その場の空気が少しだけ和らぐ。

ヴィクトルは隣に立つアベルを見て苦笑した。

「アベル、苦労するな。」

アベルは肩を落とし、小さく笑う。

「ジェイク様のお気持ちが、今ならよく分かります。私の胃薬も国家予算で申請したいくらいです。」

その言葉に、張り詰めていた空気が思わず緩んだ。

やがてリオたちが戻ってくる。

「全部回収できたよ!」

マジックボックスには、安全に保管された魔石が収められていた。

真琴は地図タブレットを確認する。

「このまま探知は続けます。またキマイラが現れたら、同じ方法で魔石を回収しましょう。」

「了解。」

全員が力強く頷く。

こうして緑水の調べも一行へ加わり、新たな仲間と共に一同は再び街道を進み始めた。

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