【第6章】 第152話
【第6章】第152話 標本保管室
真琴たちは、黒狼の案内のもと、マシュー長官たちが囚われているという部屋へと急いだ。
「やはり、案内があるのとないのとでは、これほど違うものか」
レオンハルトが周囲を見渡しながら感嘆する。
このダンジョン内を覆う空間混乱は、リオでさえ正確な道筋を見失うほど強力なものだった。
「この世界には、十二の古代遺跡が存在する」
黒狼は先頭を歩きながら、まるで世間話でもするかのように口を開いた。
その内容は世界の根幹を揺るがしかねない事実だったが、当の本人にとっては「知らなかったのか?」程度の認識なのだろう。
「ここは、その一つ。精霊の生まれし聖地だ。
人間どもが無闇に入り込めぬよう、精霊王妃は空間を乱す術を張り巡らせ、自ら眠りについた」
黒狼は淡々と語る。
「だが、長い年月の中で眠りを維持する装置が劣化した。
我ら守護する者だけでは修復できず、人間へ助けを求めるしかなかった」
「求めた相手がまずかったけどねぇ」
リオが肩をすくめ、大げさにため息をつく。
「あの博士が来ちゃったわけだ」
黒狼は一瞬だけ耳を伏せ、小さく鼻を鳴らした。
「……だから、詫びも込めて、こうして案内をしているだろう?」
その言葉には、言い訳ではなく、本心からの悔恨が滲んでいた。
真琴は前を歩く黒狼の背中を見つめる。
守護者としての誇りを持ちながらも、自らの判断が招いた結果に責任を感じている。
だからこそ、今は自らの足で彼らを導いているのだ。
その背中は、どこか寂しげにも見えた。
⸻
「この先の部屋だ」
扉の前に来た。ここに鍵はかかってないという。
中の囚われの状態で、本人の力では解錠出来ないと言う。
「その賢人だか博士だかは、中にいるの?」
「まだ、人間の実験には進んでいないはずだから、研究室と思う」
「そこまでわかってて…」クラリスが呟く。
「私は、精霊王妃を守護するもの。他のことは、ここを破壊行為しなければ問題にしない」
「最低限の不可侵だと思っているんだよ。常識が違えば判断も違うものだ」
ここで、ルードヴィッヒが言葉を挟んだ。
「許す許さないと言う判断の前に常識の相違か」
アレクシス王子もその言葉を噛み締めていた。
「ごちゃごちゃ言ってねーで、開けるぞ!エマさん達だって待ってるんだ」
レオンハルトが扉に手をかける。
重厚な石扉は鈍い音を響かせながら、ゆっくりと左右へ開いていった。
その先に広がっていた光景に、一同は言葉を失った。
「……これは……」
広大な空間の壁一面には、蜂の巣を思わせる無数の六角形の区画が幾重にも積み重なっていた。
一つ一つが透明なガラスのような魔法障壁で閉ざされ、小さな個室となっている。
その中には、人間だけではない。
角を持つ魔族。
巨大な魔狼。
羽を持つ魔物。
見たこともない異形の生物。
そして、魔法庁の調査隊員たちまでもが、それぞれ別々の区画へ収容され、まるで標本のように静かに眠らされていた。
誰一人として目を覚ます気配はない。
規則正しく胸は上下していることから、生きていることだけは分かる。
だが、その無数の眠る命を見渡した瞬間、ここが牢獄ではなく――実験材料を保管するための施設なのだと、誰もが理解した。
「……なんだよ、これ」
レオンハルトの低い声が、静まり返った部屋に重く響いた。
⸻
「ここなら、おかしな博士が嬉々としたって納得する部屋だな」
「うー、納得したくないわ」
真琴は顔をしかめた。
まだ全員が生きていること自体が奇跡だった。
ダンジョン入り口を思えば、ここ以上に犠牲になった命は数えきれない。
「さて。それではどうするのがベストだ?」
ヴィクトルが言う。そうだ。マシュー長官達を助けるだけでは済まない。ここにいる魔物達を目覚めさせたら自分達を攻撃するかもしれない。
だからと言って、この状況に放置していけるほど非情にもなりきれない。
「はぁ……本当に面倒なことをしてくれるわね」
真琴は深いため息をついた。
助けるだけなら簡単だった。
だが、この部屋には助けを待つ命が多すぎる。
すべてを救おうとすれば、それだけ危険も増す。
「さて……どう攻略する?」
真琴は眠る者たちを見渡しながら、小さく呟いた。
「あの個別のケースから助け出して、意識はすぐに戻る?」
黒狼が壁のスイッチを示した。
「そこにある大きな丸いスイッチは、すべての扉を一括で管理している。個別のはその下にある小さなスイッチとそれぞれの部屋の番号を管理している。」
「ならば、マシュー達人間を先に救出して、扉外へと出す。
僕たちも脱出のタイミングでルードヴィッヒとアレクシス王子のスリープでみんなを眠らせるのがセオリーかな?」
リオがそう提案した。
「でも、それだと扉の中で魔物達が攻撃し合いませんか?」
フィオナが一つの心配事を口にした。
「問題ない。この聖地の守護者は私だ。怯えた魔物を鎮めるのも本来の役目だ。」
と、黒狼が言った。
突然攫われて、目を覚ましたら知らない場所にいた魔物が素直に説得に応じると?誰もがそれは無謀だと思った。
「無茶だ」
レオンハルトが即座に否定した。
「お前一匹に押し付ける話じゃねぇ。」
真琴も
「その責任感は立派だけど、自己犠牲は却下」
と、即答してしまう。
後ろでアレクシス王子とルードヴィッヒは、苦笑していた。
「まーたく!急いでいるときさ」リオが声を上げた。
「リオ?」真琴がリオの顔を見て聞く。
「リオ貴方まさか…」
「でも、そのまさかが1番手っ取り早いんだよ」
「どうするつもりだ?」
ヴィクトルも聞いてきた。
「つまり、黒狼が説得する。どうしても暴れる個体だけを、リオの空間移動で強制的に元の生息地へ送り返すってことね?」
真琴の言葉にリオがその通りと頷いた。
「……この数を相手に、一人で転移させる気か?」
「大変だろうねぇ。でも、全員じゃないと祈りたいよ」
「扉を一斉に開けて、私の威嚇咆哮で怯む奴は、自力で帰って貰えばいい。残りをその空間移動で良いのではないか?」
黒狼が提案に乗った。
「でも、入口にも魔法庁の方々が野営待ちしてる方々もいますよ?」フィオナが不味くない?ってそう言った。
「では、ここはまずマシュー長官達人間の救出を。魔物は、魔法庁調査隊達が移動してからにお願いしよう」
「そうか。それでも私は構わない。待つのは慣れているから」
精霊王妃の眠りを何百年、何千年と見守り続けてきた守護者らしい言葉だった。
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