【第2章】 第41話

【第2章】第41話 最適化:正常


朝。

王都は、いつも通りだった。

人がいて。

声があって。

笑っている。

——はずなのに。

「……ねえ」

真琴が、ぽつりと呟く。

「何かさ」

一拍。

「気持ち悪くない?」



「ようやく気づきましたか」

フィオナが、静かに言った。

真琴が振り向く。

「え、気づいてたの?」

「昨日の神官との会話で、確信しました」

短く、はっきりと。

「レオンも気づいていますよ。あの方達は、神殿でも当たりの強い方々でしたから」

「優しいのは、おかしいと?」

フィオナは、黙って頷いた。



「……あー」

真琴は、少しだけ納得した顔になる。

「だからあの時、あんな感じだったのか」

「はい」

フィオナは頷く。

「言葉が噛み合っているようで——中身がない」



「それそれ」

真琴が、指をさす。

「今もそんな感じ」

視線の先。

通りを歩く人々。

「今日はいい日ですね」

「ええ、とても穏やかです」



「……ほら」

真琴が、小さく言う。

「同じことしか言ってなくない?」



「ええ」

フィオナは即答した。

「言葉も、感情も——固定されています」



「固定……?」

クラリスが眉を寄せる。



真琴は、少し考えてから言った。

「……選んでない感じ」

一拍。

「全部、決まってるみたいな」



「……」

フィオナは、静かに頷いた。

「“正しい状態”というやつでしょう」



その言葉に——

空気が、わずかに重くなる。



「……戻ろうか」

リオが、ぽつりと言った。

「ここで話す内容じゃない」

その一言で、全員が立ち上がる。



シュバルツ邸。

真琴の部屋。

扉が閉まる音が、やけに大きく響いた。



「シャドームーン」

リオが、短く呼ぶ。



「にゃー」

窓辺の影が、小さく鳴いた。

次の瞬間——

その瞳が、金色に光る。

空間が、歪む。



映し出されたのは——

昨夜、宮殿で起きた光景。

セラフィナとルナミナ。

そして——セルディン。



「……」

真琴は、無言でそれを見ていた。

「……便利ね」

ぽつりと呟く。

その声は、もう驚いてはいなかった。



フィオナは、息を呑む。

クラリスは、言葉を失う。

ヴィクトルは——

ただ、目を細めた。



リオだけが、静かに言った。

「さて」

一拍。

「話をしようか」

映像が、揺れる。

セラフィナとセルディン。

言葉は少ない。

だが——

空気が、重い。

「……ねえ」

真琴が、小さく呟く。

「これ」

視線は、映像から外さない。

「なんか……変じゃない?」



「どこがだ」

ヴィクトルが低く返す。

「うーん……」

真琴は、少しだけ首を傾げる。

「会話してるのに」

一拍。

「会話してない感じ?」



「……」

リオが、わずかに目を細める。



「なんだろ」

真琴の視線が、固定される。

セルディンの動き。

セラフィナの指先。

その“間”。

「……決まってる?」



——その時だった。

(……出る)

視界の奥。

いつものそれが、浮かび上がる。



《対象:セルディン》
状態:正常
思考分岐:制限
外部干渉:強



「……は?」

思わず声が漏れた。



「どうした」

ヴィクトルが振り向く。



「正常って出てる」

真琴は、眉を寄せた。

「でもこれ——」

視線を戻す。

映像の中。

動きは自然。

だが——

「明らかにおかしい」



《補足》
感情変動:固定
行動選択:最適化



「……最適化?」

真琴が、呟く。



「ねえ」

ゆっくりと口を開く。

「これさ」

一拍。

「“良くしようとしてる”んじゃない?」



「良く……?」

フィオナが息を呑む。



「無駄がない」

真琴は、指を立てる。

「迷いもない」

もう一本。

「感情もブレない」



三本目の指を立てて——止めた。

「……でもそれ」

小さく、言う。

「人じゃない」



部屋の空気が、変わる。



「じゃあこれ」

クラリスが、かすれた声で言う。

「異常……ですの?」



真琴は、首を振った。

「違う」

一拍。

「異常じゃない」

視線を、映像に向けたまま——

「仕様だと思う」





「……仕様だ」

その一言で、部屋の空気が止まった。



「……仕様?」

クラリスが、戸惑う。



「うん」

真琴は、視線を映像から外さない。

「バグじゃない」

一拍。

「こうなるように、なってる」



「……それは」

フィオナが、言葉を探す。

「“正しい”ということですか?」



真琴は、少しだけ考えて——

首を振った。

「違うと思う」



「じゃあ何なんだよ」

レオンハルトが、苛立ったように言う。



「……分かんない」

真琴は、あっさりと言った。



「でもこれ」

映像の中のセルディンを指さす。

「人が“選んで”動いてる感じじゃない」



「……」

ヴィクトルが、黙る。



「だったら——」

レオンハルトが口を開きかけた、その時。



「触るな」

リオが、短く言った。



全員の視線が、そちらへ向く。



「今はまだ、何もするな」

その声には、迷いがなかった。



「……理由は?」

ヴィクトルが問う。



リオは、少しだけ間を置いて——

笑った。

「壊すと、元に戻らないからだよ」



沈黙。



「……は?」

レオンハルトが、間の抜けた声を出す。



真琴だけが、小さく呟いた。

「……ああ」

一拍。

「そういう仕様か」





「何だよーわかるように説明しろよ!」

レオンハルトが、焦れたように声を上げる。



「……そうね」

真琴は、少しだけ考えてから口を開いた。

「簡単に言うと——」

一拍。

「順番、飛ばしてる感じ」



「順番?」

クラリスが首を傾げる。



「うん」

真琴は、ゆっくりと頷く。

「本来なら、迷ったり悩んだりして決めるでしょ?」

「ええ」

フィオナが小さく返す。



「でもこれ」

映像を指さす。

「最初から“答え”だけ出てる」



「……」

全員が、黙る。



「途中が、ない」

真琴の声は、静かだった。

「考える過程も」

「感情も」

一拍。

「全部、すっ飛ばしてる」



「だから——」

視線を映像に戻す。

「壊すと戻らない」



「……どういうことだ?」

ヴィクトルが低く問う。



「途中がないってことは」

真琴は、少しだけ言葉を選んだ。

「やり直す場所もないってこと」



沈黙。



レオンハルトが、小さく息を呑む。

「……それって」



「うん」

真琴は、あっさりと頷いた。

「失敗したら——そのまま終わり」



部屋の空気が、さらに重くなる。



真琴は、小さく呟いた。

「……だから触るな、か」



リオは、何も答えない。

ただ——

わずかに笑った。

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