【第2章】 第40話

【第2章】第40話 整えられた頂点
ここは——王都。

人々は、そう呼ぶ。

だが——

この地を治めるのは、ヴァルテリウス王朝。

その中枢に位置する場所。

そして今、その王と対をなす頂点に立つのは——

皇后アウレリア。

かつては側室。

だが今や、その存在は——

誰にも代えられない。

人々は、ただ「皇后陛下」と呼ぶ。

その名を、口にすることなく。



宮殿内では、ある噂が静かに広がっていた。

——皇后陛下の周辺が、おかしい。

声に出す者はいない。

だが、誰もが感じている。

「……聞いているか?」

王が、第一王子を呼びつけた。

「最近、皇后陛下の周辺に——妙な噂が広まりつつある」

第一王子は、無言で頷く。

皇后アウレリアの実子。

この国の、王位継承権第一位。

その立場ゆえに——

最も“近い”はずの存在。

「はい、陛下」

その声には、わずかな硬さがあった。

「……宮中で動くのは控えるのが宜しいかと」

王の眉が、わずかに動く。

「近すぎる、か」

短い確認。

第一王子は、静かに頷いた。

「皇后陛下の周辺は——今、近すぎます」

一拍。

「シュバルツの見立てを聞きたい」

「……分かった。行け」

「はっ」

第一王子は一礼し、踵を返す。

その背を——

王は、ただ静かに見送った。

扉が閉まる。

重く。

音もなく。

やがて。

玉座の間に、静寂だけが残る。

王は、しばらく動かなかった。



王都の夜。

影は深く、音は少ない。

「お姉様……」

ルナミナが、小さく呟く。

「街の様子、どう思います?」

セラフィナは、すぐには答えなかった。

ただ——

静かに街を見下ろしている。

「……整いすぎているわね」

ぽつりと落ちた言葉。

「ここまで均されると——歪む」

「お姉様の仕業じゃ……ないの?」

「違うわ」

即答だった。

「私は、こんなやり方はしない」

一拍。

「もっと、馴染ませるものよ」

ルナミナは周囲を見渡す。

音が少ない。

影が濃い。

「……ねえ、お姉様」

「これ……何?」

セラフィナの視線が、宮殿へ向く。

「……確かめましょう」

「私の楔が、どうなっているのか」



——弾かれた。

目に見えない何かに。

セラフィナの指先が、わずかに止まる。

「……入れない?」

「……結界ではないわね」

静かに壁へ触れる。

反応はない。

だが——

「拒絶されている」

その一言で、空気が変わる。

「私を……?」

「いいえ。——私達、ね」

ルナミナが、一歩だけ後ろへ下がる。

「……嫌な感じ」

「そうね」

セラフィナの目が細くなる。

「これは——整えられている」



足音。

一定。

迷いがない。

「……来る」

二人は、影に溶けた。



廊下を、三人の人影が進む。

中央の男が、足を止めた。

「……」

静寂。

何もない空間。

だが——

「いるな」

低く、確信を含んだ声。

「出てこい」

命令ではない。

ただの前提。



影が揺れる。

セラフィナとルナミナが姿を現した。

男は、ゆっくりと二人を見る。

そして——

わずかに、口元が歪む。

「……なるほど」

一拍。

「異物、か」

ルナミナの肩が、小さく震えた。

セラフィナは動かない。

ただ、静かに見返す。

(……近い)

だが——違う。



「どちらが、かしら」

小さく返す。

視線は合わせない。

指先だけが、わずかに動く。

男の後ろに立つ二人。

その存在が、空気を歪めていた。

整っている——その先。



男の目が、わずかに細まる。

「……面白い」

一歩。

距離は変わらない。

だが——

圧だけが、近づく。

「私の領域で、好きに振る舞うつもりか」



セラフィナの指が止まる。

ゆっくりと、顔を上げる。

「私の仕事を荒らしておいて」

一拍。

「随分な言い方ね」



空気が、軋む。

目に見えない何かが、その場に満ちる。



その時だった。

「……あれ?」

廊下の奥から、メイドが顔を出す。

場の空気を——理解していない。

「こんな時間に……どなたか——」

言葉が、止まる。

一瞬。

ほんの一瞬だけ——

表情が揺れた。

「……っ」

だが——

「……良い夜でございます」

にこり、と笑う。

均一な笑み。

そのまま、通り過ぎていく。

何事もなかったかのように。



「……」

ルナミナが、小さく息を呑む。

セラフィナは、何も言わない。

ただ——

視線だけを動かした。



廊下の奥。

灯りの届かない場所。

そこに——“影”があった。

動かない。

ただ、見ている。



やがて。

影は、静かに消えた。

何も残さず。

ただ——

“見たもの”だけを持ち帰るように。


「……帰ったか」

部屋の中。

暗がりの中で、リオが呟く。

「にゃー」

窓辺に座る影が、小さく鳴いた。

「……わざとらしいな」

リオは、わずかに笑う。

「で、何を“見て”きた?」

一瞬の沈黙。

次の瞬間——

「まあ、共有がセオリーだろう」

軽い声。

だが、その響きは人のものではない。

シャドームーンの瞳が、金色に光る。

空間が、歪む。

そこに映し出されたのは——

宮殿の奥。

あの“対峙”の光景。



「……なるほど」

リオが、静かに呟く。

視線は動かさない。

ただ、観察している。

「ルナミナに……もう一人」

一拍。

「ボルボロで会った子か」

そして——

「昼間の男……セルディン」

その名を、ゆっくりと転がす。

「神殿側、か」



シャドームーンが、わずかに首を傾げる。

「で?」

短い問い。



リオは、少しだけ考えた。

いや——

考える“ふり”をした。

そして、口元を歪める。

「……面白くなってきた」



「どう動く?」

シャドームーンの問い。



リオは、答えた。

「動かす、だよ」



その声は、軽い。

だが——

どこか楽しんでいるようでもあった。

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