【第2章】 第39話
【第2章】第39話 整えられた静寂
「——さて」
セルディンは、わずかに空を見上げた。
「少し時間を取りすぎたかな」
独り言のような声音。
その仕草は自然で、どこか優雅ですらある。
フィオナが、思わず口を開く。
「……どちらへ?」
セルディンは、ゆっくりと視線を戻した。
「仕事だよ」
それだけ言って、微笑む。
整いすぎた——笑み。
「ちょうど今、皇后陛下の元へ伺っていたところでね」
さらりとした一言。
だが、その場の空気がわずかに張り詰める。
「皇后……?」
真琴が、小さく呟く。
セルディンは、わずかに目を細めた。
「少し——手が入っていたから」
「手……?」
フィオナが問い返す。
「ええ。僅かな揺らぎがあった」
淡々とした口調。
「だが問題はない」
一拍。
「既に“整えてある”」
その言葉に、空気が止まる。
真琴の背中に、さっきと同じ違和感が走った。
「余計なものは、取り除いた」
静かな声。
けれど、その響きは——どこか“先ほどの会話”と似ていた。
(……同じじゃない)
(でも——違う)
胸の奥で、何かが引っかかる。
「それじゃあ、これ以上引き止めるわけにもいかないね」
セルディンは、くるりと背を向ける。
その動きには、一切の迷いがない。
「フィオナ」
名を呼ばれ、フィオナの肩がわずかに揺れる。
「穏やかに過ごすといい」
振り返らないまま、そう告げる。
その言葉は——
先ほどの神官と、まったく同じ響きだった。
馬車の扉が閉まる。
音もなく。
静かに。
やがて——
何事もなかったかのように、走り去っていった。
「……ねえ」
沈黙を破ったのは、真琴だった。
「今の、“整える”って何?」
誰も答えない。
ただ——
同じ言葉が、頭の中に残っていた。
——“整える”
⸻
王都・王城。
その最奥。
重厚な扉の向こうにあるのは——
“静かすぎる”空間だった。
窓は開かれている。
風も入っている。
それでも——
何も、揺れていない。
玉座の前。
一人の女性が、静かに座っていた。
その姿は、美しい。
整いすぎるほどに。
だが——
その瞳は、何も映していなかった。
「……」
微動だにしない。
呼吸すら、感じられないほどに。
——“正しい状態”
その言葉だけが、この空間を支配していた。
やがて。
扉の外で、足音が止まる。
一瞬の静寂。
そして——
何事もなかったかのように、その気配は遠ざかっていった。
部屋の中には、再び静寂だけが残る。
完全に、整えられたまま。
⸻
シュバルツ邸。戻って来た一行に本来のシュバルツ邸当主である領主夫妻の帰還。
騒ぎにならないわけがない。
執事のアスターは、目頭を押さえたまま立ち尽くしている。
コック長やメイド長も同様だ。
土産話は、ゆっくりとしようと告げて、フィオナやレオンハルトも屋敷に招き、夕食会と話をまとめた。
ヴィクトルは、ここでらしくもなくクラリスに皇后宛の報告書を頼んだ。
「クラリス、水晶竜の事は確認はしたが古代遺跡の迷宮がことの他難解だと言う風に話をまとめて用意してくれ」
「水晶竜を見つけたと言明して良いのですか?」
「おそらく、その辺りの嘘は見抜かれるだろう。ただ継続して調査に行けというのは避けたい」
「わかりました。用意いたします」
あとは、両親のことかとヴィクトルは、思案するが両親の方が先に動いた。
「ヴィクトル、私達は明日にでも海辺の街『バニラアイス』に行きます。」
真琴が美味しそうと思った事は置いといて、
「海辺に何かあるのか?」ヴィクトルが聞いた。
母親は、両手を擦っている。結晶化した肌の違和感は仕方ないのだろうか
「水晶竜を恨まないでね?彼は、私達をあの蟻から守る為に自分のテリトリーに匿ってくれたのだから」
「ヴィクトル、私と母さんはこの結晶化した身体が完全ではないにしても治る可能性があるならば探したいんだよ」
「水晶竜には、治せないのか?」
「彼の魔法じゃないからな。テリトリーの弊害だそうだ。お前達も何年かあそこで過ごせば結晶化していただろう」
水晶竜がそこにあるだけで結晶化するらしい。
「じゃ、レオンハルトが竜騎士になるのも危険じゃない!」
フィオナがレオンハルトの代わりに叫んだ。
「フィオナ、それはレオンハルトが水晶竜の神格化にまでレベルアップすれば問題ないんだよ。元々竜騎士はその適正もあるから認められた一族なのだから」リオがそう補足した。そして、
「海という事は、深海のあいつを探しに行くのか?」
「リオ君は、知っているようだね。そうだ。かの伝説の魔物、その魔石が取れれば結晶化を治すポーションが出来るそうだ」
「伝説の魔物?深海というと…『ヒュドラ』か」
一行は、顔色が悪くなった。だか、真琴はピンと来ていない。
「ヒュドラって?流石に私も魔物にはそんな詳しくなくて…」
——ヒュドラ
9つの首を持つ巨大な水蛇である。
伝説では、ヒュドラは首が切断されても、新しい首が再生する不死身の魔物。そしてヒュドラの息吹は猛毒であり、吸ったものは速攻で命を落とすと言う。
「なんでそんな化け物を!」クラリスは、叫んだ。
「再生する不死身な魔物の魔石が必要なんだ」
両親は、既に無謀だよなって表情でクラリスを宥めた。だか、可能性があるならば人間に戻りたいと言った。
だから、それ以上誰も、その話の続きを口にしなかった。
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