【第2章】 第38話
【第2章】第38話 優しすぎる王都
ボルボロの街から馬車に揺られ、
行きと同じく五日をかけて——王都へ戻ってきた。
「今の季節は、青葉が目に沁みる〜」
初夏の景色に、真琴が大きく息を吐く。
「ん?……なんか、街に入ったら首の後ろがチクチクする」
「はぁ。真琴もようやく“不穏な気配”が分かる年頃になったか」
「リオの子供おやじ発言!でも、不穏?」
「リオの言う通りですわ」
「え?フィオナも気づいてるの?ズルくない?」
「何が『ズルくない?』ですか。この王都——行き交う人々がおかしいですよ」
「元々コミュ症だから、人間観察苦手だってば」
リオとフィオナが、揃ってため息をつく。
「笑顔が……笑っていないんです」
「何それ……作られた笑顔ってこと?」
「近いかもしれません。この時間帯なら、神殿から祈りの声が流れてくるはずです。……静かすぎる。それに——」
フィオナの視線が、ふと止まる。
「あそこに……先輩神官がいます。話を聞いてきます!」
止める間もなく、フィオナは駆け出した。
「辞めた職場の先輩に、あんなに気軽に話しかけられるものなの?」
真琴は、やはり少しズレている。
⸻
石畳の街角。
人通りはある。
けれど——どこか、静かすぎた。
フィオナは足を止める。
見覚えのある顔が、そこにあった。
「——先輩?」
声をかけると、相手はゆっくりと振り向いた。
「ああ……フィオナさん」
柔らかな笑み。
昔と変わらない——はずの、穏やかな表情。
「お久しぶりです。元気にしていましたか?」
「ええ、なんとか。先輩こそ」
「ええ、元気です。とても良い日ですから」
わずかな間。
フィオナは、その違和感を振り払うように口を開く。
「神殿は……変わりありませんか?」
「ええ、変わりありません。皆、穏やかに過ごしています」
「そうですか……最近は忙しいと聞いていましたが」
「ええ、忙しいですが——穏やかです」
「……そう、なんですね」
会話が、妙に滑る。
噛み合っているはずなのに、どこか——掴めない。
「新人の子達はどうですか?」
フィオナは話題を変える。
「ええ、皆、良い子ばかりです。とても素直で、穏やかで」
「問題とかは……」
「ありません。皆、正しく在りますから」
一瞬。
言葉が、引っかかった。
「……正しく、在る?」
「ええ。正しい状態です」
にこり、と笑う。
その笑みは——どこか均一だった。
フィオナは、無意識に一歩距離を取る。
「……あの、先輩」
「はい」
「最近、何か変わったことは——」
「変わったことはありません」
被せるように、即答。
「ええ、何も変わっていません。とても穏やかです」
同じ言葉。
同じ調子。
同じ笑顔。
「昨日も、一昨日も、ずっと——同じです」
「皆、穏やかに過ごしています」
「…………」
フィオナは、言葉を失った。
風が吹く。
人々は行き交う。
けれど——
誰も、その会話に興味を示さない。
「フィオナさんも」
先輩が、静かに言う。
「穏やかに過ごしてくださいね」
その声は、優しい。
優しい——はずなのに。
「……はい」
フィオナは、頷くしかなかった。
——違和感だけを、胸に残したまま。
(……これ、“人”の会話じゃない)
⸻
「レオン……あの人達が、“優しかった”のよ」
フィオナの一言で、空気が変わる。
レオンハルトは、神殿で働いていた頃のフィオナを知っている。
彼女の人間関係も——ほぼ把握している。
だからこそ。
「……誰だ、それ」
⸻
フィオナが馬車に戻ろうとした、その時だった。
——もう一台の馬車が、すぐ傍に静かに停まる。
白を基調とした、過剰なまでに整った装飾。
一目で分かる。
——王都でも、上位の存在。
扉が、音もなく開いた。
中から降りてきたのは——一人の男。
白に近い灰色の長髪。
整いすぎた顔立ち。
そして——神殿の高位であることを示す装束。
その姿は、どこまでも“綺麗”だった。
綺麗すぎるほどに。
「フィオナ——久しぶりだね」
柔らかな声。
だが、その響きは——どこか先程の会話と似ていた。
フィオナの瞳が、大きく見開かれる。
「……セルディン様」
反射的に、深く頭を下げる。
「君は、もう神殿の者じゃない」
セルディンは、わずかに首を傾げて微笑んだ。
「礼はいらないよ」
その仕草は、あまりにも自然で——
あまりにも、整っていた。
セルディンの視線が、ゆっくりとフィオナから外れる。
そして——
真琴へと向けられた。
ほんの一瞬。
ただ、それだけのことなのに。
背筋が、ぞわりと粟立つ。
(……あ、この人)
理由は分からない。
けれど——
(話、通じるタイプじゃない)
言葉にすれば簡単なはずのそれが、
なぜか“確信”として胸に落ちた。
「……初めて見る顔だね」
セルディンが、静かに言う。
その声は柔らかい。
だが——どこか“温度”がない。
「フィオナの知り合いかな?」
「……ええ」
フィオナが、わずかに間を置いて答える。
「旅の仲間です」
「そうか」
セルディンは、ゆっくりと頷く。
それだけ。
それだけなのに——
視線が外れた瞬間、
空気が少しだけ軽くなった気がした。
「……」
真琴は何も言わない。
ただ、視線だけでリオを見る。
リオもまた、わずかに目を細めていた。
そして——
後ろから、低い声が落ちる。
「……会ったことがある」
ヴィクトルだった。
視線は、セルディンから外さない。
「王城で一度。神殿側の……上位者だ」
短い説明。
だが、それだけで十分だった。
「……そう」
真琴は、小さく呟く。
理解したのは、立場ではない。
もっと単純で——
もっと危険なこと。
(関わらない方がいい)
その直感だけだった。
ーーーーーーーーーー
「ここまで読んでいただきありがとうございます。
少しでも続きが気になったら、スキやフォローで応援してもらえると嬉しいです!
←前の話
←【幕間】レオンハルトの受難
→【幕間】芸術とは?
→【第2章】まとめページ
→最初から読む
