【第6章】 第139話

【第6章】第139話 罠は地にあり


人間は、地に足をつけて生活する生き物である。
空に憧れ、空へ至る科学を考える知識はある。
だが、今この場で自由に空を翔ける術は持ち合わせていない。

水晶竜を呼ぶ?
いやいや、「カラスを退治して」と頼んだところで、あのドラゴンは「自分たちで何とかしなさい」とでも言って、惰眠へ戻るに違いない。

空は無数のカラスに覆われ、黒く塞がっていく。

ギャーーーーーッ!

耳障りな鳴き声が響き渡る。

「魔法師エンヤさんは、どんな魔法を使うんですか?」

ヴィクトルが尋ねる。

ヴィクトルは風魔法。
レオンハルトは魔剣による雷魔法。
ルードヴィッヒは聖魔法による光弾や精神感応系のスリープ。近接では双剣を振るう。
リオは空間転移と高速移動、おまけに鑑定魔法。武器はサーベルだ。
遠距離通信は通信機を媒介としている。

「えっ? 私? えっと……何て言えばいいのかな。『ブック』っていう魔法なんだけど」

「なっ……ブックの使い手が、まだ残っていたのか!?」

リオが思わず身を乗り出した。

「何だ? ブックの魔法って?」

レオンハルトが首を傾げる。

「ちょっとぉ、説明を聞いてる時間なんて無いって!」

エマが慌てて叫ぶ。

「そうね。説明より見てもらった方が早いと思う。」

エンヤは一歩前へ出た。

左手に魔法書を掲げ、右手でページを開く。

静かに呪文を唱えると、魔法書から巨大な炎の竜巻が巻き上がった。

轟音とともに炎は空へ駆け上がり、黒い群れを飲み込んでいく。

パーティーを中心に半径百メートルほどの空が、一瞬で赤く染まった。

炎が収まる頃には、その範囲のカラスは跡形もなく消え去っていた。

「凄いな……」

ルードヴィッヒが素直に感嘆する。

「その魔法だけで一掃できるのか?」

「行けないわ。」

エンヤは即答した。

「エンヤの魔法は強力なんだけど、連戦には向かないの。」

エマが補足する。

「一度使った魔法は、そのページが再録されるまで使えないのよ。」

その説明をしている間にも、焼き払われた空を埋めるように、新たなカラスの群れが押し寄せてきた。

「うわぁ、キリがない!」

「ここまで集まる理由がある。しかも爆発の誘因も見当たらない。となれば、統率する存在とキマイラの進化を考えるべきだな。」

ルードヴィッヒが冷静に分析する。

「小難しいことはいい。物理で斬り倒すか?」

レオンハルトはすでに魔剣を構えていた。

「いや、それは無謀過ぎるよ。ここは統率している奴を探すべきだ。」

リオが空を見渡した。

「統率する者か……いい事を言う。先ほどのスリープは、あの王子と真琴の強化が必要だったが、今ここには居ない。私の精神感応だけでも意識の混乱を招く事は可能だ。問題は、その魔法をどうやって空高く届けるかだな。」

ヴィクトルが顎に手を当てる。

「風魔法でルードヴィッヒごと上空へ押し上げることは出来る。だが、この数では狙いが散る。」

「だったら、僕がまとめるよ。」

リオが一歩前へ出る。

「空間魔法で群れを一ヶ所へ圧縮することなら出来る。」

「なるほど。群れを一点に集められるなら、私の精神感応も効率よく届くだろう。」

ルードヴィッヒは頷いた。

「そのタイミングでルードヴィッヒを飛ばすか。」

ヴィクトルが言う。

「……いや、魔法だけ飛ばせないのか?」

ルードヴィッヒが苦々しく尋ねる。

「真琴いないもん。」

「真琴いないからな。」

リオとヴィクトルは声を揃えた。

「クククッ。あんた達は〜。」

エマが吹き出す。

「ルードヴィッヒの体格なら、落ちて来たところをアーノルドが受け止められるわよ。」

「なら決まりだ。」

ヴィクトルが風をまとい始める。

「……待て。私の意思は聞かないのか?」

ルードヴィッヒが呆れたようにヴィクトルを見る。

「今さら?」

「今さらだな。」

リオまで頷いた。

「群れをまとめる。精神感応で混乱させる。そして、その混乱の中でも指揮を執る奴を炙り出す。」

リオが静かに作戦を告げる。

「この群れの頭を見つければ、勝機はある。」

エマが、ほかのメンバーにリーダー炙り出しの指示を出す。
剣を構えるレオンハルトに弓師ヒース、斥候のナオトも空を見上げて構えている。

「ナオト、直接倒す事よりもリーダーの発見の方が大事だから、柔軟に視線を向けていて」

「はい。大丈夫です。斥候の本分は理解してますから」
少年らしい笑顔だ。

「じゃ、行くぞ!」
ヴィクトルの風魔法がルードヴィッヒの周りに渦巻く。

ゆっくりと身体を浮かべていく。
空で鳴き騒ぐカラスの群れ。

数羽がルードヴィッヒへ襲い掛かるが、双剣で難なく捌いていく。

群れの上に登った所で、空に向けてリオが空間魔法をかけた。
見えない壁でカラスは、閉じ込められた。

(今だな)
ルードヴィッヒは、その空間内に魔法を唱える。
まさに混乱というのが言葉に合っている状態で、閉じ込められた空間内でカラスがパニックに落ちていく。

そこから、数100メートル先の木に止まったままのカラスを見つけた。

「あれです!」ナオトが叫んだ。

「あの距離なら、俺の出番だ!」そう言って、弓師ヒースが
弓を引き絞った。ヒュッと弓矢が飛ぶのとカラスが飛び立つのが一緒だった。

「甘い!」ヒースの弓は、その飛び立ちも想定して、放たれていた。

「エルフの弓を舐めるな」

落ちたカラスに斥候ナオトが向かう。

「爆ぜに気をつけて!」エマが後ろから声をかける。

「ナオト!」マナミが他所から叫んだ。

エマや他のメンバーからは目に入っていなかった死角。

斥候だと油断をし過ぎたか…

ナオトの身体を蜘蛛の巣のような縄の網が地面から覆った。

そして、捕獲されたナオトは、声を発する間もなく姿が消えた。

「空間転移だ。斥候が拉致された」リオが冷静にいう。

「油断したわ」悔しそうにエマが言った。

マナミは、その場に膝をついてしまった。

地面には、蜘蛛の巣のような糸だけが残っていた。

ナオトの姿は、どこにもない。

空から戻って来たルードヴィッヒにヴィクトルとアーノルドに
エンヤも駆けつけたが、消えたナオトの痕跡はそこではわからなかった。

「急ぎましょう。ナオトはダンジョンにいる。そう思うしかないわ」

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