【第6章】 第147話
【第6章】第147話 蜘蛛たちの道標
リオが戻ってくるよりも早く、真琴達の元へ蜘蛛ちゃんズが戻ってきた。
「大丈夫?」
帰ってきた彼らは全身傷だらけだった。無理をさせてしまったことに、真琴の心は折れそうになる。
「蜘蛛ちゃんにも効くかわかりませんが、治療させていただきますね」
フィオナは優しく微笑み、蜘蛛ちゃんズはその好意にありがたく身を委ねた。
「蜘蛛ちゃんズをこれほどボロボロにする存在とは、何なのでしょうか?」
クラリスが尋ねると、一匹の蜘蛛ちゃんが身振り手振りで壁を指差す。
――壁の仕掛け。
日本語では『罠』も『トラップ』も同じ意味で使われることが多い。しかし厳密には、罠は獲物を捕らえるための仕掛けであり、トラップは落とし穴や矢、魔法陣などを含めた広範囲な防衛装置を指す。
蜘蛛ちゃんズは、元々城の隅に巣を張って暮らしていた小さな蜘蛛達である。
古代遺跡とはいえ、壁の隙間や煉瓦の目地、床の仕掛け程度で傷つくとは考えにくい。
となれば、隠し部屋と同じように、逃げ出した精霊を捕獲するためだけに造られた特殊なトラップ――そう考えるのが自然だった。
真琴は静まり返った通路を見つめながら、胸に嫌な予感を抱く。
「……行きたい。でも、ここで焦れば全員を危険に晒します。リオがいない今、地図タブレットだけを頼りに進むのは無謀です。マシュー長官達のことは心配ですが……エマさん達を待ちましょう」
真琴は俯き、小さく震える。
正論を口にしても、心は揺れていた。
「ど正論だな。私も賛成だ。真琴よ、お前は一人ではない。お前一人が責任を負う気持ちは捨てるのだ」
アレクシス王子が真琴の肩を叩く。
「誰だお前は?」
真琴の返答は即座だった。
口調といい、上から目線といい、なぜ今そんなことを言われなければならないのか。正直そう思ってしまう。
「アレクシス王子、貴方はまだ適材適所な言動の勉強が足りないと思います」
クラリスの指摘に、アベルも静かに頷いた。
「私が悪いのか?」
「悪いとは言っていません。でも、言葉というものは、時と場所、相手によっては心を抉る刃となるのですよ?」
「それは知っているが、今は励まそうと……」
「クラリス。ボキャブラリーというものは降って湧いてくるものではないからな。普段の勉強がものを言うのだ。普段の勉強かな」
ヴィクトルの追撃に、ルードヴィッヒまで頷く。
「私が不勉強だというのか?」
「アレクシス王子、情緒というものは教師がついて学ぶものでは……」
「いや、教師いるぞ?」
ヴィクトルがフィオナへ視線を向けた。
「ここに懐柔聖女という、類を見ない教師がな」
一同は揃ってフィオナを見る。
「え? わ、私ですか?」
「「「そう」」」
フィオナだけが事情を飲み込めず、小さく首を傾げた。
笑い声が消えると、耳に残るのはダンジョンの静寂だけだった。
◇ ◇ ◇
エマ達との合流を待つしかない――そう判断した矢先だった。
「そろそろ合流する頃よね。リオに連絡を取ってみようかしら?」
クラリスが通信機へ手を伸ばしかけた、その時。
前方から、ゆっくりと空気が流れてきた。
何かが爆ぜた空気。
魔石が砕け、生命力そのものが霧散したような独特の臭いが鼻をつく。
「前方で……」
真琴は言葉を失う。
想像しただけで、胸が締め付けられた。
「また実験を始めたのかもしれんな」
アレクシス王子が険しい表情で前を見据える。
「この状況なら、先へ進んだ方が最適かもしれん」
全員が立ち上がる。
しかし、蜘蛛ちゃんズが慌てて両手を広げ、その行動を止めた。
「待った方がいいと?」
真琴が問いかけると、蜘蛛ちゃんズは何度も頷く。
「蜘蛛ちゃんズが対処しきれないトラップ……物量が問題なの?」
蜘蛛ちゃんズは複数で身振り手振りを交えながら説明を始めた。
彼らは体重がほとんどない。
そのため重量を感知する仕掛けには引っ掛からない。
壁を伝い、蜘蛛の糸を使って移動することで、このダンジョンの斥候を務めてくれた。
しかし、壁や空間そのものを監視するトラップだけは別だった。
ダンジョンは、壁を伝う小さな蜘蛛達さえ侵入者として正確に感知し、容赦なく迎撃してきたのである。
空間の歪み。
空気の集塵。
その発動条件までは調べ上げた。
だが、小さな蜘蛛ちゃんズには、そのトラップを作動させ、解除するだけの力が足りなかった。
申し訳なさそうに肩を落とす蜘蛛ちゃんズを見て、真琴はそっと首を横に振った。
「十分だよ。みんな、本当によく頑張ってくれたんだから」
「蜘蛛ちゃん、そのトラップについて、もっと詳しく説明してくれる?」クラリスが地図タブレットと整合させながら確認をする。
「何とかなりそう?」真琴も心配そうに尋ねた。
「この先、50mほど先から始まるようね。
人間に対してどのような攻撃なるかは不明だけれど、蜘蛛ちゃんが言うには、10メートル間隔で壁にランダムにスイッチがわりの煉瓦が出ているそうなの。
それを、押し込めれば、トラップは発動せずに進めるそうよ」
「そのスイッチの煉瓦を押し込む物量が必要なのね」
「ふむ。俺の風魔法で何とか押せないか?」
「やってみる?」
みんなで50メートル、件のトラップ前まで歩いた。
見た感じは、全く違和感のない一本道が続いて見える。
「これは、斥候がいなければトラップかかってましたね」
クラリスが地図タブレットと見比べても全く印は上がっていない。
だが、蜘蛛ちゃんが一匹、壁の出っ張りに向かって入っただけで
グニュ…ッと空間が曲がった感じがした。
スイッチ部分に蜘蛛の巣の印を付けて、他の蜘蛛が回収する形で糸を飛ばした。
戻ってきた体がそれだけでボロボロに傷ついている。
「もう!無理をして」
「飛ばすタイプの風魔法だけでは物量足りないかな。
クラリスの意見を聞きながら、ヴィクトルが風魔法のスライスを飛ばしてみた。
壁を削る事は出来たが、押し込むというのは無理だった。
クラリスが水魔法で、ルードヴィッヒが光玉で試してみたが同様だった。
「物量…水や光玉でも駄目というのは、人間の手など押し込むという行動が必要みたいね」
物量的な重さが欲しいとの事だ。
「そのトラップ、彼に試させてみない?」
背後から声がかかった。
そこにいたのは、エマさん率いる緑水の調べ
そして、魔法庁調査隊の一部が並んでいた。
エマさんとリオが駆け寄って、それについてくるように走ってきた少年。斥候のナオトだった。
「僕にやらせてください。トラップは、これで今まで防いできました。大丈夫です!」
彼の手に握られていたのは、使い込まれたヨーヨーだった。
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