【第3章】 第69話

【第3章】第69話 深海対抗呪歌


真琴は、口を開きかけて止めた。

「テレシアさん、この先の話で……私が全部話すのは、問題が生じる部分もあるので、もう1人呼んでもいいですか?」

「診察もあるからね、あまり時間は取れないよ?」

「ああ、多分街に行ってるから、すぐ来れると思います」

「そうかい。じゃあ来るまで、あんたの両親でも見ようかね」

テレシアはクラリスを促し、両親の方へ向かった。

真琴は、その間に通信機でリオを呼ぶ。

フィオナは、さっきから部屋の整理に勤しんでいた。

こういう所が、
神殿側も手放したくなかった理由なんだろうな——と、
真琴は少し思ってしまう。



「来ったぞー♪ 来たぞー♪」

リオが、
昭和アニメの主題歌みたいな歌を歌いながら、
窓から入ってこようとした。

「玄関から入れー!」

真琴とフィオナが、
ほぼ同時に叫ぶ。

結果、
リオの到着は盛大に周知された。

「たくっ! すぐ調子に乗るんだから」

真琴とフィオナの拳骨を受け、
リオはふにゃーんと沈んでいる。

「また変わった子が来たね」

テレシアは、
リオを見るなりそう感想した。

「貴女が潮騒の魔女ですか?」

「——と呼ばれてもいるが、テレシアでいいよ。お前さんは?」

「僕は、飄々の貴公子と呼ばれる——」

「ただのリオでいいです」

真琴が即座に訂正した。

「ひどくない!?」

「事実だろ」

「これから大変な事に首を突っ込むっていうのに、
面白い子達だね、こりゃ」

そう言いながら、
テレシアは使い込まれた冊子を手に取り、
慣れた手付きで開いた。

常に持ち歩いている物なのだろう。

そして、
潮騒の魔女は静かに問いかける。

「——海の異常について、どこまで情報を仕入れたんだい?」



「そっか。
リオの方でも、
クラーケンの娘までは情報を掴んでたんだね」

「ああ。
だが、鐘の音の犯人までは分からなかった」

「ああ、それは蛸の化け物——“テュ・ポーン”だね」

テレシアは、
冊子の図解を指先で叩きながら言った。

「図体の割に気が小さいやつでね。
よくクラーケンの娘を追っかけ回してるんだよ。

今回の異常海で、
縄張りでも追われて逃げてきたんだろうさ」

「そっか……」

真琴は小さく息を吐いた。

「クラーケンの娘の方は、
僕の方で何とか出来そうだから、
問題はバジリスクとヒュドラの行方だね」

「おや?
クラーケンの娘を抑えられるのかい?」

テレシアが、
少し意外そうにリオを見る。

「ああ、多分。
でも、フィオナの協力は必要かな」

「……ふぇ? 私?」

急に名前を呼ばれ、
フィオナが目を丸くした。

すると、
テレシアが「だったら」と話を続ける。

「クラーケンの娘に直接聞けばいいんじゃないかい?」

「……え?」

「深海の事は、
深海のモンに聞けって事さ」

クラーケンの娘は、
完全な魔物ではない。

少なくとも——
“会話”という概念が通じる程度には。

だからこそ、
テレシアは交渉の可能性を口にしたのだ。



とりあえず、
クラリスとグレアム、エマは潮騒の魔女の所へ残し、
真琴達はマリーンへと戻ってきた。

港には潮風が吹き抜け、
停泊中の船体がゆっくり軋んでいる。

船の所へ来ると、
船長とヴィクトル、レオンハルトが待っていた。

「お、戻ったか」

「そっちはどうだった?」

ヴィクトルが腕を組みながら聞く。

「色々分かったよ。
あと、クラーケンの娘とは、
場合によっては交渉出来るかもしれない」

その瞬間、
レオンハルトが嫌そうな顔をした。

「待て。
“交渉出来るかもしれない”って時点で、
絶対ろくでもない相手だろ」

「まあ、深海系だからねぇ」

リオが軽い調子で言う。

「しかも歌で精神干渉してくるタイプっぽい」

「余計に駄目じゃねえか!」

レオンハルトが即座にツッコんだ。

すると、
リオが「そこでだ」と言いながら、
徐にヴィクトルとレオンハルトへ通信機を差し出した。

「何だこれは?
通信機ならもう持ってるぞ?」

ヴィクトルの片耳には、
既に普段使いの通信機が装着されている。

だが、
リオは「そっちじゃない」とでも言いたげに、
新しい方をぐいっと押し付けた。

今度の通信機は、
両耳につける形状になっている。

「ちゃんと通常会話は遮断しないように設計してある」

リオがそう言って、
一応——と真琴作成の取扱説明書も渡した。

「つけたか?」

ヴィクトルとレオンハルトは、
訝しみながらも頷く。

次の瞬間だった。

途端に流れ込んでくる爆音。

「うわぁっ!?」

「耳が壊れる!!」

「大丈夫だ。
ちゃんとギリギリの所の設定にしてあるから慣れろ」

「まず説明しろ!!」

ふたりは慌てて通信機を外し、
リオへ怒鳴った。

「クラーケンの娘は、
その歌声で人間の魂を喰らうんだ。
その対応策だよ」

「だからってこの爆音はないだろ?」

レオンハルトが抗議した。

「それ、
音を入れてくれた人に失礼だと思わないのか?」

ヴィクトルがピクっと眉を動かした。

「……と、言うと?」

「長時間聞いていられるようにって、
フィオナに怪獣のマーチを歌ってもらったのに」

「おまっ、リオ!
神殿でも有数の音痴なフィオナに歌を歌わせたのか!?」

「ノリノリだったよ?」

「ほらっ、
向こうでも歌ってるよ? 怪獣のマーチ」

「1、2、3……元気に歌おう怪獣のマーチ〜♪」

「…………それ、正気の設計か?」

ヴィクトルが真顔で言った瞬間、
レオンハルトが遠くを見た。

「俺、
今ちょっとだけ敵の歌声の方がマシだった気がする」

「やめろ、
それはそれで終わってる」

リオは悪びれもせず肩をすくめる。

「でも効果はあるぞ。
実験では“精神侵食耐性”が約三倍上がった」

「その代わり正気が削れてないか?」

再び耳に装着された通信機から、
怪獣のマーチが洪水のように流れ込む。

♪〜元気に行こう、深海突破〜♪

「うるさっ!!」

レオンハルトが叫ぶと同時に、
ヴィクトルは頭を押さえた。

「これ、
戦闘中に判断力落ちるやつだろ……!」

「慣れれば“逆に集中できる”」

「それ洗脳の理屈だぞ!」

そのやり取りの横で、
リオは淡々と補足する。

「クラーケンの娘の歌声は、
聞いた瞬間に“自分の最も大事な記憶”を引っ張り出して壊す。
だから——」

一拍置く。

「上書きするしかない」

レオンハルトが渋い顔になる。

「つまりこの爆音は“対抗呪歌”ってわけか」

「そうだ。
しかも長時間戦闘用のループ仕様」

「嫌な仕様だな!!」

そのときだった。

──海の方から、風が止まる。

波音が、
ひとつだけ“空白”になる。

真琴が小さく目を細めた。

「……来る」

次の瞬間。

遠くの水平線が、
ひと筋だけ“割れた”。

まるで海そのものが、
誰かの呼吸に合わせて開いたように。

そしてそこから、
歌が漏れた。

美しいのに、
正確すぎる音。

人の心の隙間に、
迷いなく入り込む旋律。

リオの通信機の爆音が、
一瞬だけ“かき消された”。

「っ……上書きされてる!?」

レオンハルトが歯を食いしばる。

「おいリオ!
これ本当に効くのか!?」

リオは短く言った。

「効かせる。今からな」

そして通信機の音量を、
もう一段階だけ上げた。

爆音の中で、
ヴィクトルが絶叫する。

「いやそれ以上上げるなあああ!!」

海の向こうで、
クラーケンの娘の歌声が、
笑ったように揺れた。


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