【第4章】 第93話
【第4章】第93話 目覚めた側
ああ、私って追い詰められるほどに
心が冷静に冷えていくタイプなんだ。
昔、庭で姉が転んだ。私の目の前で。
転んだ先に上悪く石があり、膝から血が出ていた。
私が転ばしたわけではない。
庭の草むしりを命じられ、作業している所に
私の姿を見た姉が走ってきただけだ。
夏の蝉の鳴き声と姉の泣き声が重なった。
泣き声に中居がくるか、母がすっ飛んでくるか
どちらにしろ怒られるのは私。
理由がじゃない。泣かした事実が罪なのだ。
手には、鍬を持っている。
私は、わざと自分の膝を傷つけて、
姉よりもなお大きな声で泣いた。
何事か?と旅館の宿泊客が様子を見に来る。
母も中居も宿泊客達の手前、私を叱る事も
姉を贔屓した様子も見せられなかった。
奥部へと抱いていこうとする中居の腕を振り解い
その際に縁石に頭を打ちつけた。
額って意外と血が多く出るのよね。
幼いはずの私がこんなに冷静に考えてるなんて
誰も気がつかないんだろうなあ。
その後の記憶はない。救急車で運ばれた気がする。
自分で自分がサイコパスかも?って心配になった事件だった。
今、現実に気持ちが戻る。
目の前には、ルクレツィア。
何故だろうね。あの夏の日の風景を
私は重ね合わせて考えていた。
⸻
「痛っ」手のひらの中に魔石ペンの破片が残っていた。
後で直そうと魔石は、ポケットにしまった。
ずっと手を洗えずにいたから、小さな破片が残ってたんだ。
血が出るほどではない。でも、痛みはそこにある。
小さな破片。まるで自分みたいじゃないって
クスって笑ってしまった。
それがルクレツィアの逆鱗に触れたようだった。
「あー、真琴ってばルクレツィアお姉様の地雷踏んだ!」
慣れた声音。ルナミナのわかりきった嘲笑も加わった。
横に立つリオに真琴がそっと耳打ちする。
ねえ、このフロア全体に声を響かせる事出来る?
「ふふん!こんな事もあろうかと僕のマジックボックスには、
様々な道具を入れてあるよ。何がお望みで?」
「例のマイクで行きますかね」
「了解!手を後ろに」
後ろに開いた真琴の手にマイクが渡される。
「私が叫んだら、速攻で逃げるわよ?」
小さくみんな了解の返事をした。
「ねえ、私が跪かせてあげる。誠心誠意謝ってくれたら
気が変わるかもしれなくてよ?」
ルクレツィアは、なおも椅子に座りながら
そんな事を言っていた。
顔は笑っていない。許すつもりなどさらさらない顔だ。
(せーーの!)
「ルナミナ!」
超超爆音で発せられた『ルナミナコール』
はあああ⁈って顔のルナミナだが、
置き土産は忘れていない。
ルクレツィアの首元に『ウニ!』を大量に伸ばして
身動きを止めた。
ルナミナの号令で飛び込んできたデュラガー達
部屋はめちゃくちゃに荒らされた。
荒らされた中を冷静に走り去る真琴に
ルナミナ、リオにレオンハルト。
まさに一目散に逃げる!って行動だった。
⸻
廊下で一息ついた時、
言葉を最初に発したのは、リオだった。
「クククッルナミナ!ルナミナ!」
もう声を出したらデュラガーが来ると言うのに
肩で笑っている。
その横でルナミナが顔を真っ赤にして震えている。
周りが笑っていると妙に乗り遅れたレオンハルトが
「行こうぜ。みんな待ってるから」
と、正論を言った。
「覚えてなさいよ真琴!」
「なんでよー成功したでしょ!」
誰ひとりかける事なく、あの圧から脱した。
普通なら作戦成功なのだが
真琴だからさってレオンハルトに
ルナミナは、背中を押されて道案内を打診された。
⸻
一方、セラフィナ達待機組
爆音響き渡る城内に気が気ではなかった。
「行ったほうが」クラリスがいえば
「いや、通信機にも助けは求められてない」と
ヴィクトルが冷静に止める。
セラフィナも
「大丈夫です。音の割には、ルナミナ達はちゃんとこちらに
走ってきてます」
制御した空間の動きをちゃんと把握しているらしい。
だが、こちらにはこちらの危機が迫っていた。
ガチャリ…
扉が開いた。静かに姿を現したのは労働まがい。
「あっ、動きの把握が外れてました!」
セラフィナが叫ぶより早く、
メイド服姿の労働まがいが突進してくる。
「きゃあ!」クラリスの悲鳴
でも寸前でその動きは止まった。
フィオナの光の鎖が間に合ったのである。
「はぁ…フィオナありがとう」
ヴィクトルが言った。
「まだ、ここは敵の本拠地です。慎重に行きましょう」
みんな頷いた。
⸻
その瞬間だった。
──ズン……
城が、また一度“呼吸”した。
さっきまでの揺れとは違う。
もっと深く。
もっと静かに。
まるで、
何かが“中枢から立ち上がる”ような感覚。
「……っ、今のは」
セラフィナの表情が強張る。
「まずいわね」
低く、短い言葉。
クラリスが息を呑む。
「何が起きてるの?」
セラフィナはすぐには答えなかった。
代わりに、
遠くを見るような目になる。
「……城の“優先順位”が変わりました」
「優先順位?」
ヴィクトルが眉を寄せる。
その瞬間。
──ギギ……ギギギ……
城のどこかで、
金属が擦れるような音が響いた。
セラフィナが小さく息を吐く。
「ルクレツィア様の“制御権”が、部分的に外れています」
「え?」
空気が一瞬止まる。
セラフィナの声は続く。
「代わりに……別の“命令系統”が動き始めました」
その言葉の意味を理解する前に。
──ドンッ!!
遠くの廊下が崩れた。
壁ではない。
“構造そのもの”が崩れた音だった。
そして。
──ゴゴゴゴゴ……
城全体が、ゆっくりと傾ぐ。
「な、なにこれ……!」
クラリスが声を上げる。
セラフィナは、静かに目を細めた。
「……来ましたね」
「“目覚めた側”が」
その瞬間。
城の空気が一段階、変質した。
支配でもなく、圧でもなく。
ただ一つの“意思”として。
黒曜城が、完全に“別の生き物”になり始めていた。
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