【第4章】 第92話
【第4章】第92話 ルクレツィアの檻
合流し、安堵の再会とは行かなかった。
危機的状況は変わっていない。
いや、干渉圧の響きが強くなっている分、
最悪の合流かもしれない。
真琴の足元で1匹の蜘蛛がチョンチョンする。
「何?」真琴が足元を見ると
ボロボロに割れた魔石ペンがあった。
ペン先は、完全に開き、踏み潰されたのか本体も
潰れている。既にピコんともならない。
「ありがとう」蜘蛛にかペンにか言って、拾い上げた。
⸻
「逃げるわよ」
真琴が言った。
戦うでもなく『逃げる』選択肢。
だが、その言葉に誰も躊躇しなかった。
むしろ、今の状況ではそれが一番合理的だと全員が理解している。
「了解」リオが短く返す。
「異論なし」レオンハルトも剣を軽く構え直した。
ルナミナは小さく舌打ちをして、それでもすぐに歩き出す。
「ほんとに……面倒な城ね」
その横で、真琴は一瞬だけ視線を落とした。
手の中の魔石ペン。
もう、動かない。
ぴくりとも光らない。
それでも真琴は、強く握りしめる。
「行くよ」
その声に、蜘蛛ちゃんズが一斉に動いた。
隊長が前へ。
残りが左右と後方へ散る。
まるで、まだ戦っているかのように。
その瞬間だった。
──ゴゴゴゴ……
遠くで、城が“呼吸”した。
いや、違う。
“追ってきた”。
「……来るわよ」
ルナミナが低く呟く。
次の瞬間、廊下の奥が黒く沈むように歪んだ。
通路が、消えていく。
「走る!」
真琴が叫ぶより早く、全員が駆け出していた。
崩れ落ちるように変形する黒曜城の中を、ただ一つの出口を求めて。
⸻
走って、走って…でも、追ってくるような干渉圧は、
背中を足を引き止める鉛の鎖のようだった。
「はぁはぁ…体が重い」
この城で育ったルナミナはまだ耐性があるが、
他の人間達はそうは行かない。
「今は、デュラガーに見つからない事が最優先。
合流地点は、もう少しよ」
ルナミナがそう言う。
そんな中、廊下の角を曲がった時に
空間が捻じ曲がった。
この階層に無いはずの部屋
ルクレツィアの部屋だった。
部屋の上座に見下ろすように
椅子に腰掛けているルクレツィア
「その程度で“逃げたつもり”?……滑稽ね」
ルクレツィアの声は、
静かだった。
なのにその一言だけで、
廊下の空気が“固定”されたように動かなくなる。
真琴の足が止まる。
「……っ」
息が詰まる。
呼吸が一段重くなる。
さっきまでの干渉圧とは違う。
“押し潰す圧”ではない。
“支配して当然という前提”の圧だった。
「動くな」
その声と同時に、
全員の身体に鉛が落ちる。
ぐ、と膝が沈む。
「っ……これは……!」
リオが歯を食いしばる。
冗談を挟む余裕すら消える。
「干渉の質が違うわね……“領域そのもの”を固定してる」
ルナミナの声は低い。
彼女でさえ、
ほんのわずかに息が乱れていた。
レオンハルトが剣を握る。
だが、
持ち上がらない。
「くそ……っ」
剣が重いのではない。
“空間が許していない”。
そんな感覚だった。
ルクレツィアは、
椅子に座ったまま頬杖をつく。
まるで、
少し遅れてきた客を待っていたかのように。
「逃げるのは構わないわ」
「でもね」
指先が軽く動く。
その瞬間、
廊下の奥が“歪む”。
空間が紙のように折れ、
折れ目が積み重なっていく。
「この城の中で、“私の視界から外れる”というのは」
「少し不便なのよ」
ゴゴ……ゴゴゴ……
通路が音を立てて縮む。
さっきまで確かにあった“距離”が消えていく。
出口のはずの方向が、
どんどん“壁”に変わっていく。
「え……ちょっと待って……」
真琴の声がかすれる。
蜘蛛ちゃんズが一斉に動く。
だが次の瞬間、
空間そのものに押し戻されるように止まった。
ルナミナが舌打ちする。
「最悪……“空間の再定義”までやってるわね」
「どういうことだよそれ……」
リオが目を細める。
「つまり……」
ルナミナはルクレツィアを睨んだまま続ける。
「逃げ道が“なくなった”じゃない」
「“最初から逃げ道が存在しなかったことにされてる”」
沈黙。
その言葉の意味を理解した瞬間、
空気がさらに重くなる。
レオンハルトが低く息を吐いた。
「……化け物かよ」
ルクレツィアはその反応すら楽しむように、
わずかに目を細めた。
「褒め言葉として受け取っておくわ」
そして視線が、
真琴へ落ちる。
そこには敵意も怒りもない。
ただ、
興味だけがあった。
「さて」
「ここまで来たご褒美に……少しだけ話をしましょうか」
その瞬間、
黒曜城の“時間”がずれる。
音が遠のく。
呼吸が一拍遅れる。
まるでこの空間だけ、
世界から切り離されたように。
ルクレツィアは微笑んだ。
「あなた、面白いのよ」
「壊れる前に見ておきたくなる程度にはね」
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