【第3章】 第75話
【第3章】第75話 大怪獣ヒュドラ捕獲作戦
深海の闇の闇奥——
本領発揮は、ルナミナからだった。
「私1人でも行けるって」
闇に抵抗がない強みは助かる。
「バジリスクには、気をつけて。邪眼は、目をつぶっていても関係ないそうだから」
「それ、私に言う?
この目の上の包帯は飾りじゃないのよ」
人体的特徴を魔法ログで覗くのは、
プライバシーを覗くのと一緒。
真琴は、
緊急時を除き、
頼まれない限りそういう事はしてこなかった。
ましてや、
魔人としての状態など。
気にしないと言えば嘘になる。
「別に慣れているから気にしないで」
視線に気づいたのか、
ルナミナはそう言った。
「今回は、ルナミナメイン。
セラフィナ捕獲担当。
ヴィクトルをプランBとしてアクションします」
「プランBを言っちゃあいけないよ〜」
リオが何故か変なツッコミを入れる。
「ヴィクトル、
このマスクを特注で作成してもらったの。
でも、邪眼にどこまで対抗出来るかはサンプル無いからね」
深海道具も渡しながら説明する。
「行き当たりばったりって奴だからな」
「ヴィクトルには、
ルナミナを守る擬似干渉圧の壁も作成して欲しいから。
バジリスクの気配の行方は、
クラーケンの娘がソナーしてくれるからね」
「正しく、壁だからな。
全方位とか無理だし、
ルナミナを海中渦巻きに放り込む訳にはいかないから」
ヴィクトルは、
自身の魔法制御を冷静に説明する。
「一方向が止まってくれるだけで大分楽になるわ。
任せておいて頂戴」
「そちらは良いとして、
次はセラフィナの魔法制御ね。
あなた一人で捕獲って大丈夫?」
「魔力は満タンだし問題ないわ。
ましてやヒュドラは石の鎖で固定されているのでしょう?」
「ええ。
固定されたままの状態で捕獲。
生きたままでお願い」
「失敗しても無理に行動を押さないで。
その時は即退散でいいから。
大前提は、
みんな無事である事。
ここは、
敵のテリトリーなのだからね」
「では、
大怪獣ヒュドラ捕獲作戦いっきまーす!」
リオにこそっと言われた。
真琴の頭の中って絶対に、
シン・○○○のテーマ流れてるだろう?
「当然じゃない!
こんな破天荒な作戦、
気持ちだけでもアゲアゲしてかないと!」
⸻
「やっぱり、不思議だなぁ」
真琴はつぶやいた。
「何がだ?」
今、
横にいるのはレオンハルト。
今回は戦力外なので暇をしている。
「街中とか陸地はわかるのよ。
でもさ、
海とか深海とかって……
目標物が岸に近ければ、
岩とか珊瑚礁とか岸壁とかで地理を覚えられそうだけど。
クラーケンの娘とか、
その辺りの方向とか、
深海の位置とかって……ねえ?」
「俺に言われても……
なあリオ?」
「ん?
今その疑問に僕の報連相使用する?」
「あっ、ごめん気にしないでいい」
レオンハルトが即時謝罪したが、
真琴はむっとした顔をする。
「わからないなら、
わからないって言えばいいのに」
「わからないんじゃなくて、
真琴の脳味噌に合わせて説明するのが面倒くさいだけ。
ゴ○ラ並みの脳みそだからな」
「ガォー!」
「キャー怖い!」
そんなやり取りを無視して。
「そろそろ着くぞ」
船長の渋い真面目な声が、
船内に響いた。
⸻
船が停止する。
沖合とは違う。
ここは——
“沈むため”の場所だった。
「……静かね」
真琴が呟く。
波の音すら、
ここでは妙に遠い。
海面は黒く、
月明かりすら飲み込んでいた。
「では、行くわ」
先に動いたのは、
ルナミナだった。
躊躇がない。
海へ落ちる、
というより。
闇へ溶ける。
そんな感覚だった。
「相変わらず躊躇ゼロだな……」
ヴィクトルが呆れ半分に呟く。
その後を、
セラフィナとヴィクトルが続いた。
深海道具の魔導灯が、
ぼんやりと青白く光る。
「真琴達は船で待機?」
船長が確認する。
「うん。
今回は後方支援。
ただ——」
真琴は海面を見つめた。
妙だった。
静かすぎる。
生き物の気配が、
薄い。
「クラーケンの娘」
『いる』
通信機から、
短い返答。
『かなり深い。
でも……
バジリスクも近い』
空気が変わる。
船の上にいるだけなのに、
背筋が冷えた。
「近いってどれくらい?」
『縄張りが重なる程度には』
「それ絶対ヤバい奴じゃない!」
「今さらだろ」
リオが真顔で返す。
⸻
深海。
光は、
もう届かない。
ヴィクトルの干渉圧が、
周囲の海流を押し留めていた。
完全ではない。
だが、
それだけでも異常だった。
本来なら、
人間など存在出来ない圧力。
「……便利ね、その魔法」
ルナミナが感心したように言う。
「便利で済ませるな。
集中切れたら全員潰れる」
「潰れる前に、
私が前を片付けるから問題ないわ」
包帯の奥。
閉ざされた眼。
だが、
ルナミナは迷わない。
むしろ、
この闇では彼女の方が自然だった。
『止まって』
クラーケンの娘の声。
全員が静止する。
その瞬間。
暗闇の奥で——
“何か”が目を開いた。
「……っ」
船上で、
真琴が息を呑む。
通信越しですら、
嫌な感覚が走った。
まるで。
海そのものに、
見られたような。
『来る』
その直後。
海底の岩壁が、
音もなく崩れた。
巨大な石の蛇が、
闇の中を這い出してくる。
目が無い。
なのに、
こちらを正確に捉えていた。
「——バジリスク!」
⸻
クラーケンの娘には、
バジリスクのいない時を狙いたいとは伝えてあった。
だが——
どうやら、
『気配が薄い』
を、
『いない』
と判断したらしい。
外では、
クラーケンの娘が慌てた様子で身振り手振りをしていた。
悪気は、
本当に無いのだろう。
「問題ないわ。
私の闇魔法を舐めないで」
ルナミナの覇気のこもった声に、
不安は感じられない。
ヴィクトルの擬似干渉圧の壁を、
バジリスクの邪眼の盾として。
ルナミナには、
ヒュドラ全体へ闇の幕を展開してもらう。
邪眼の視線そのものを閉ざす、
二方向制御。
セラフィナとの連携は、
やはりルナミナにしか頼めない。
海の中で、
氷の檻が完成していく。
深海なので、
通信機以外の音は伝わってこない。
だが。
もし聞こえるなら。
ピシッ、
ミシッ、
と。
巨大な氷が、
深海で軋む音がしていた気がした。
完成した氷の檻と、
ルナミナの闇魔法が、
石の鎖で固定されたヒュドラを引き剥がしていく。
深海ゆえ、
音は届かない。
だが、
もし聞こえるなら。
岩盤そのものが軋むような音が、
鳴っていた気がした。
「じゃ、
このヒュドラを僕の擬似マジックボックスに捕獲して、
地上まで——」
リオが動いた瞬間だった。
異常が起こる。
船が、
深海で大きく揺れた。
「浮上する!
干渉圧か何かだ!」
船長が叫ぶ。
次の瞬間。
船全体を、
海そのものが押し潰そうとしていた。
異常な干渉圧。
船体が軋み、
悲鳴を上げる。
「っ……!」
船長がヴィクトルを回収し、
ルナミナとセラフィナも引き上げる。
船は即座に、
浮上態勢へ移行した。
クラーケンの娘は、
いつのまにか姿が見えない。
無事であると、
信じるしかない。
ヒュドラは捕獲状態のまま、
船尾へと固定。
そのまま浮上する。
どうやら、
リオの魔法でも。
怪獣サイズを移動するには、
時間が必要らしい。
⸻
船が海面へと姿を現した。
その直後。
ヒュドラを追うように、
バジリスクも海面へ飛び出す。
だが。
それ以上に、
全員が度肝を抜かれた。
月明かりに濡れる海。
その空間そのものが、
真っ赤に染まっていたのだ。
「ルクレツィアお姉様!」
ルナミナとセラフィナが、
同時に叫ぶ。
空に浮かぶ、
ドレス姿の女性。
長い黒髪が、
夜風に揺れる。
黒い睫毛の奥。
赤く濡れた瞳が、
静かに船を見下ろしていた。
口元を覆う、
レース状の包帯。
その上で、
真っ赤な付け爪が、
カチ、カチ、と鳴る。
まるで。
『どうしてやろうかしら?』
そう、
品定めでもするように。
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