【幕間】 たこ焼きラプソディ
【第3章】幕間ーたこ焼きラプソディ
マリーナには、見知った顔がいなかった。
「なにごと?」
クラリスは両親を連れて船へ戻ってきたが、真琴たちの姿が見当たらない。
船のそばにいた船長に尋ねると、あっさりと答えが返ってきた。
「ああ、浜辺でBBQって言ってたぞ。行ってみろや」
指し示された方向へと足を向ける。
やがて、煙が風に乗って流れてきた。
どこかで音楽も鳴っている。
笑い声が混ざり、やけに賑やかだ。
まるで小さな祭りだった。
「真琴?」
クラリスが声を上げると、すぐにそれは見つかった。
「あ、おかえり!ちょうど呼ぼうと思ってたの」
真琴は、なぜか串を二本持っている。
そしてその背後。
海には——
大きな、大きな、大・き・な蛸。
いや、テュ・ポーンが、絶賛解体中だった。
「ドワーフ道具店でたこ焼き鉄板作ってもらったの〜」
嬉しそうに真琴が叫ぶ。
「大蛸など大味だと思うと言ったんだがな」
やれやれ、と肩をすくめるヴィクトル。
「真琴〜たこ焼き粉用意できたよー」
リオも手際よく準備を進めている。
レオンハルトはというと、何やら機械と格闘中だ。
どうやら音楽を流す装置らしい。
フィオナと、かつてのクラーケンの娘は、並んでマイクを握り、出番待ちの顔をしている。
「楽しそうね」
母がぽつりと呟いた。
「私たちもご相伴にあずかろう」
父も静かに笑う。
「クラリス、こっちー!」
フィオナが手を振る。
「クラリス、行ってらっしゃい」
母にそっと背を押された。
⸻
海辺では、既に“調理”という言葉の枠を超えた何かが進行していた。
テュ・ポーンの肉は、もはや単なる魔物素材ではない。
ドワーフ製の巨大鉄板の上で、規則正しく刻まれ、回転し、焼かれている。
「これ……普通に食べて大丈夫なやつ?」
クラリスが思わず呟くと、リオがさらっと答えた。
「魔力除去処理済みだから安心だよ。たぶん」
「“たぶん”って何?」
その横で、真琴は真剣な顔でたこ焼きをひっくり返している。
「ここがね、外カリ中トロの境界線なんだよ……」
戦闘中より集中していた。
「真琴の料理への情熱は時々わからん」
ヴィクトルが呆れ半分に呟く。
「食は文化だからね!」
真琴は妙に誇らしげだった。
⸻
やがて、レオンハルトの機械がついに動き出す。
「よし、成功だ」
軽快な音楽が浜辺へ流れた。
途端。
フィオナとクラーケンの娘が、待ってましたとばかりに歌い始める。
妙にノリがいい。
しかも上手い。
浜辺にいた漁師達まで手拍子を始め、いつの間にか宴会規模が拡大していた。
「なんでこんなことになってるの……」
クラリスは額を押さえる。
だが、その顔はどこか緩んでいた。
⸻
父と母は、少し離れた場所からその光景を見つめていた。
笑い声。
潮風。
焼ける音。
誰かが失敗して、また笑いが起きる。
そんな、どこにでもありそうな光景。
「……久しぶりですね」
母が静かに呟いた。
「ええ」
父も頷く。
「こういう“普通”を見るのは」
しばらく、
研究と生存だけで生きてきた。
気づけば、
日常というものを忘れていたのかもしれない。
クラリスは、そんな両親の横顔を見て、少しだけ目を細めた。
⸻
その時だった。
音楽装置の音が、一瞬だけ不自然に歪む。
――……ギィ……
まるで。
遠い深海で、
巨大な鎖が軋んだような音。
ほんの僅かな違和感。
だが、それは次の瞬間には波音に紛れて消えた。
誰も気づかない。
気づけないほど、
今この場は、笑い声で満ちていた。
真琴が焼き上げたたこ焼きを掲げる。
「はい!第一陣完成ー!」
歓声が上がる。
潮風が、煙をさらっていく。
その向こうの海だけが、
静かに——
どこまでも静かに揺れていた。
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