【第5章】 第106話

【第5章】第106話 コソコソ作戦


シュバルツ邸に戻って、真琴はせっせと手紙を書く。

紙の上に文字を落としていく作業は、本来なら静かなもののはずだった。
だが、机の上では別の意味でにぎやかだった。

魔石ペンが、さっきからずっと喋っている。

「お手伝いしましょうか?」

「クラリス様への励ましの言葉でしたら、最適な案があります」

「たとえば、“あなたの未来に光あれ”など――」

「うるさい」

真琴は即座に遮った。

本来ならスイッチを切れば静かになる。
けれど今は、あえて切らない。

この異様なほど静まり返った屋敷の中で、その“余計な声”だけが、かろうじて空気を現実に繋ぎ止めていた。

シュバルツ邸には人はいる。
執事も、メイドもいる。

だが、誰も雑談ひとつ交わせない。

廊下に漂う気配は重く、言葉を飲み込むように沈んでいた。

(……やっぱり、変だな)

真琴は一度ペンを止め、屋敷の気配を思い出すように息を吐いた。

王都全体が少しずつ“固く”なっている。
誰かが意図的に、空気そのものを整えているような違和感。

――整いすぎている静けさ。

その正体を、まだ掴みきれないまま。

「手紙は書いた。さてと、次は……」

真琴は小さく呟くと、魔石ペンに向かってひとことだけ漏らした。

「コソコソするよ」

「コソコソ、とは?」

「うるさいのはそのままでいい」

魔石ペンは少し誇らしげに光る。

「了解しました。では“潜伏支援モード”を推奨します」

「そんなモードあったの?」

真琴は苦笑しながら、無限付箋紙を取り出した。

次の瞬間、ペンは意気揚々と文字を書き始める。
付箋紙が一枚、ふわりと宙に浮いた。

真琴がそっと扉を開けると、その付箋紙は風もないのに廊下へ滑り出ていく。

行き先は、クラリスの部屋。

魔石ペンの渾身の“作品”を見送りながら、真琴は小さく息をついた。

そのまま静かに、旅支度へと意識を切り替えていく。

屋敷の重い静寂だけが、背後に残っていた。



「行くか?」
シュバルツ邸の前にレオンハルトが待っていた。
街馬車を用意してくれていた。

馬車の入り口にはフィオナがいる。

「クラリスには、何か声かけたの?」

真琴は、首を振った。
「まだ帰ってこれないみたい。他の方々も」

「そっか」
だよなぁって顔でレオンハルトは答えた。

「お待ちください」

執事のアスターが走ってやって来た。
後ろにはメイド長と料理長も走って来ている。

「あの…こちらをお持ちください」

「私たちからの旅のお供です!」

シュバルツ邸の仕事をしているとはいえ、
王都に住まう者たち。
家族は、それぞれ王都に住まう。
王家が勅命を出せば、それに従うは
王都民の務めである。
重税であろうと戦争が起ころうと
反対する姿勢を示せば誰が迷惑を被るか…

だから真琴は何も伝えてはいなかった。
知らないという事は、とても雄弁な防御だから。

「みんな…。クラリスが帰って来たら
部屋に手紙を置いたからって伝えて」
真琴は、荷物を受け取り、馬車へと移動した。

「ちょっと行ってきます!」
フィオナが馬車から手を振った。

レオンハルトが馬車の御者を兼任する。

「超特急でまずはボルボロだ!」


真琴たちは、夜逃げるように王都を後にした。

次に狙われるのは、クラリスの“居場所”だ。

第一王子は力で押し潰す男ではない。

クラリスを見て、
考えを読み、
逃げ道を塞ぐ。

盤面を整え、
最も効果的な瞬間に駒を置く。

そんな男だった。

(……油断した)

クラリスの執務室で会った時には、

チャラい口調で、
怒れば引き、

ちゃんと距離感を保つ人間に見えた。

『クラリスが好きならば、無理強いはしない』

そんな都合のいい解釈をしていたのは、

真琴の方だった。

真琴が考えていると、

ガタンッと馬車が止まった。

「レオン、どうしたの?」

「ああ、馬車の前にさ――」

言い終わる前に扉が開いた。

「お邪魔するよ」

聞き覚えのある声だった。

乗り込んできたのは、ダークエルフのアリアだった。

背中に弓をかけ、冒険者のスタイルである。

「チョコレート店の前は冒険者だったんだ。
これでも弓の腕はエルフトップだからね」

グッと曲げた腕の筋肉は、剣士と言われても
納得してしまいそうだ。

「でも、お店を何日も閉めてしまうことに…」

「そっちもグリズリー店長の奥さんが面倒見てくれるってさ」

「帰ったら、蜂蜜店になってそうですね」

「それはそれで繁盛しそうだね」

「俺はもう驚かないぞ」

「いや驚いてくださいよ」

「更なる新作を2、3作は真琴が用意してくれるだろう?」

「高いプランナー料になりそうね」

真琴がやれやれと言うと、

私は、高いんだよとアリアが笑って言った。


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