【第5章】 第102話

【第5章】第102話 婚約という名の包囲網


「ちょっとー!どうして誰も教えてくれないの?」

シュバルツ邸に、真琴の声が響いた。

空気が一瞬だけ止まる。

メイドが一人、代表して恐る恐る問い返す。

「えっと……どの件でしょうか?」

「ん?どの件?」

真琴はそこで一拍止まる。

(……いや、これ、複数あるやつだ)

胸の奥に、妙に嫌な予感が走る。

メイドは小さく咳払いをして続けた。

「手紙の件でしたら、クラリス様が今朝お受け取りになり、別便でも追加確認があったと伺っております」

「別便?」

「はい。それとは別に、フィオナ様とレオンハルト様が帰都される件も正式に通達が」

「それはそれで大事件じゃん」

真琴は思わず頭を抱えかける。

だがメイドの表情は、どこか落ち着かない。

まだ“言い切っていない”顔だ。

真琴はすぐに察する。

「……それとは別に、まだあるね?」

メイドがびくりと肩を揺らす。

「は、はい……」

「で?」

間。

空気が重くなる。

「王宮から……第一王子殿下より、婚約申し込みが……クラリス様宛に」

一瞬、沈黙。

真琴の目が細くなる。

「第一王子って……あのクラリスが一番苦手って言ってた人?」

メイドはうなずく。

真琴の頭の中に、以前の会話がよみがえる。

王城の図書館に併設された執務空間。

クラリスの仕事場だったはずの場所が、いつの間にか“第一王子の執務動線”として再編されていた話。

魔石関連の案件で訪れたときも、妙に整えられた導線に何度も邪魔をされた記憶。

(あれ、偶然じゃなかった)

真琴は小さく息を吐く。

あの王子は“悪意”というより――

もっと厄介な種類だ。

合理性で、人の領域を塗り替えるタイプ。

そしてそれは、

ルクレツィアのような感情的な支配よりも、よほど逃げ場がない。

「……あれ、執着っていうか」

真琴は呟く。

「構造そのものを固定しにくるやつだよね」

メイドは何も言えないまま、ただうなずいた。



シュバルツ邸の庭園で、真琴はお茶をしている。

向かいにエマが座り、リオまでいる。

「ゆっくりと話がしたかったの」と
エマがいった。

「こんなゆっくりしている時間がありますか?」
真琴は、クラリスの縁談の話を聞いたばかりだ。
それだけでもすぐにどうにかしないとと思ってしまう。
母親ならば、こういう時…
真琴は、はたっと思考が止まった。
普通の親ならばこういう時どう考えるのだろう。
私は、シュバルツ家のご両親がどういう方々か知らない。

ヴィクトルならば、もう必要な行動をとっているのだろう。
では、両親は?

「あの…」

「真琴さん、あなたはクラリスをどう見ます?」

「え?」

「この家の為、貴族の娘だから、私は素直に両親の意向に従いますって言ってくると思う?」

リオは、他人事風に庭園に設られたガーデンテープの上の
スィーツを食べている。
料理長が腕を奮った数々、季節のフルーツにケーキの甘い匂い
美味しいに決まっている。

「…言ってきません!クラリスならば絶対に受けません」

「でしょう?好きなら良いのよ。第一王子の人柄やひとひに慕われるそんな一角の人物ならね。親としても勧めるわ」

エマは、お茶を一口すする。

「短い期間だけど、クラリスと真琴さんは濃い付き合いをしてきたと思う。娘の好きな事嫌いな事はもう理解しているでしょう?」

「はい。大体は」

「なのに…この馬鹿王子はクラリスの地雷しか踏まないのよ」

エマの周りには、いつの間にかメイド達が持ってきていた
クラリス様婚約の儀用の王家目録やら
皇室縁戚の貴族達からの祝いの品やら招待状やらが
山積みになっていった。

「外堀を埋めて、颯爽と現れる算段なのよ。
この王子は!昔の子供の頃から変わらない!」

ああ、王家の王子様に生まれて、
の立場を最大限に活かして、享受する姿は、
シュバルツ家の人にしてみれば
そこら中に埋められた地雷にしかならないのね。

真琴は、『エマにしてクラリスあり』とはっきりと
理解したのだった。

そこへ、執事のアスターがやってきた。
「真琴様、お客様ですよ。こちらにお通ししてよろしいですか?」

「誰?」真琴は聞いた。

「フィオナ様です」

エマに目配せして、OKが出たので

「こちらにお願いします」

「かしこまりました」とアスターは、伝えにいった。

「フィオナだけなのかな?レオンハルトは居ないみたいだけど」

庭園から玄関は、遠い。だか、彼女の綺麗な長い金髪は、
遠くからもよくわかった。
わかったのだが、アスターが伝えた途端に
ドドドド…っと真琴達の所に走ってくるフィオナ。

「真琴〜〜!」

真琴は、両手を広げてフィオナを待った。
椅子から転げそうになる程に走った勢いのまま
フィオナは、抱きついて来た。
彼女は、半べそ状態であった。

「おかえり!何?色々ニュースでも聞き込んだ?」
真琴は、意識して優しく問う。

「あのね!あのね、神殿に異端審問会が入って、
セルディン様が拘束されたって!」

「そりゃあニュースだ。神殿も粛清か?」
まるでニュースを読み上げるが如くリオは言った。

「フィオナって、そこまでセルディン様のこと思ってたっけ?」
真琴は、フィオナに気持ちを確認する。

「いえ、元々上司の上司みたいな方でしたから、言葉自体かわす機会もさほどありませんでしたし」

「異端審問会って、教皇が呼んだのかな?」

「そうですね。王都の神殿が大聖堂であり法皇庁です。
教皇がトップで、異端審問会は教皇直轄なはず」

「ならセルディンが失脚しても神殿の機能が元に戻るだけだろう」

「でも、でも、神殿の方々が」

「それは、退職したフィオナが負うことじゃないし」

「そうそう」リオも同調する。

「そもそも私、無神論者だから信仰って言われてもピンと来ないし」

「え?無神論者?真琴〜」リオが真琴に泣きつく。

「そこは、まだ話が違うでしょ?」
真琴がリオの頭をトントンする。

「ただ、その情報は王都を揺るがすには十分な
ニュースだと思うわ。真琴さん、さっきの話はまた後で。
ちょっと旦那のところに行ってくるわ」
エマが立ち上がり、颯爽と邸宅に戻って行った。

「フィオナは、まずお茶からよ」
真琴は、スィーツでいっぱいのガーデンテーブルを
手差し、フィオナを椅子に座らせた。

この後、クラリスの話でも一波乱あったわけだし。

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