【第5章】 第108話
【第5章】第108話 王vsシュバルツ家
執務室の空気は、紙の匂いよりも先に「圧」があった。
グレアムは机に肘をついたまま、指を組んでいる。
視線はどこにも焦点を結んでいないようでいて、
実際は一点――エマの喉元あたりに固定されていた。
エマがそれを理解しているからこそ、顔を上げない。
上げた瞬間に何かが終わる、そういう種類の沈黙だった。
そこへ、扉が開く。
「今、帰りました」
ヴィクトルの声は、いつも通り淡々としていた。
空気が一段だけ緩む。
ほんの一段だけ。
「お帰りなさい」
エマが即座に返す。
その声は、少しだけ早い。少しだけ助かった音が混ざっている。
ヴィクトルは室内の異様な静けさを一瞥し、それ以上踏み込まずに本題へ入った。
「アスターから聞いたよ。第一王子から正式に書簡が届いたって?」
その言葉に、空気が再び“戻る”。
「その通りよ」
エマはそう言うと、机の上に置かれていた丸められた書簡を指で弾いた。
それは投げるというより、半ば八つ当たりに近い動きでヴィクトルへと滑るように渡る。
ヴィクトルは片手で受け取り、封蝋を確認した。
王家の紋章。
視線がわずかに細くなる。
「クラリスを王宮にだと?」
その問いに、返答したのはグレアムではない。
エマだった。
「全く、あのヒヨッコが小生意気に育ったものね」
吐き捨てるような口調。
だがそこには怒りだけではなく、計算と警戒が混ざっている。
グレアムは依然として動かない。
動かないまま、低く言う。
「……ヒヨッコ、ね」
その一言だけで、机の上の空気が少し重くなる。
ヴィクトルは書簡から目を離さずに続けた。
「神殿の件も、魔法庁で確認できた。やはり教皇と第一王子が組んで、異端審問会の動きを作っている」
空気が一段、冷える。
グレアムが低く吐き捨てた。
「やはりな」
そして、わずかに間を置く。
「それで。魔法庁の方は大丈夫なのか?」
ヴィクトルは一瞬だけ視線を上げた。
「魔法庁長官は、父さんの親友だろ?問題ない」
即答に近い返事。
だが、その“間”をエマが見逃さない。
「問題ない……か?」
グレアムの声が重なる。
「無くは……ないです」
ヴィクトルが、やや苦く付け足した。
「でしょうね」
エマが短く切る。
そのやり取りの間にも、書簡はヴィクトルの手の中で冷えたままだった。
ヴィクトルは続ける。
「実は魔法庁の内部には、王の直接圧力が入っている。形式上は通達ではなく“要請”だが、実質は命令に近い」
その言葉で、空気が止まる。
グレアムの目が、ようやく真正面を向いた。
「……ここにきて、三権を崩すか」
その声は怒りというより、“確認された現実”だった。
エマが小さく息を吐く。
「崩す気なのか、それとももう崩れているのか……厄介なのはそこね」
ヴィクトルは書簡を軽く叩いた。
「少なくとも、第一王子は“火種を表に出した”側だ」
静寂が落ちる。
それはもはや、社交でも政治でもなく――均衡の話になっていた。
⸻
「揺さぶりなんて、生ぬるい話じゃないでしょうね」
エマが確信めいた声で言った。
ヴィクトルは書簡を指先で軽く叩く。
「当たり前だ。あの王が、我々の動きや抵抗を軽んじるとも思えない」
グレアムが机を叩いた。
乾いた音が執務室に響く。
「ここまで露骨に来るとはな……」
普段の冷静さからわずかに逸れた声だった。
エマが視線を落としたまま続ける。
「古代遺跡からの帰還直後、という時期も関係しているのかもしれないわね」
一拍。
「第一王子の思惑に乗った形を装って、そのまま実権の再編に入るつもりかしら」
その言葉に、空気がわずかに沈む。
だがグレアムは首を横に振った。
「いや……十五年前とは違う」
低い声だった。
「あの時、水晶竜の調査を依頼したのは“王”だ」
エマの目がわずかに細くなる。
ヴィクトルが補足するように続けた。
「そして今回は、皇后陛下側の動きだ」
沈黙が落ちる。
同じ王家の名を持ちながら、出所が違う。
その事実が、構造の歪みとして浮かび上がる。
グレアムが静かに言った。
「つまり今回は、王権そのものが一枚岩ではない」
エマが低く返す。
「分裂、というより……役割分担に近いわね」
ヴィクトルは書簡を軽く指で叩いた。
「王は“維持”。皇后は“介入”。そして第一王子は、その中間で“現実に火を付ける役”だ」
そこで一瞬、言葉が切れる。
誰も否定しない。
できない、という方が正しい。
エマが小さく息を吐いた。
「だとしたら、今回の書簡はただの呼び出しじゃない」
グレアムが低く続ける。
「配置だな」
静寂が落ちる。
それはもはや政治ではなく――
誰をどこに置くか、という“盤面”の話になっていた。
⸻
「揺さぶりなんて、生ぬるい話じゃないでしょうね」
エマが確信めいた声で言った。
「ああ」
グレアムが頷く。
「あの王が、我々の抵抗する力を見誤るとも思えん」
ヴィクトルも小さく息を吐いた。
「神殿、魔法庁、そしてクラリスへの書簡。全部が別件とは思えないな」
「当然でしょうね」
エマは肩を竦めた。
「問題は、相手がどう動くかじゃないわ」
そこで一度言葉を切る。
「今、大事なのは、シュバルツ家が一枚岩であること」
グレアムも頷いた。
「その通りだ」
王が盤面を動かそうとしているのなら。
こちらもまた、駒をばらばらにしておくわけにはいかない。
エマは机の引き出しを開け、小さな箱を取り出した。
「というわけで、クラリスにこれを渡してくれる?」
「何だこれは?」
ヴィクトルは差し出された小箱を受け取る。
「魔法鍵付きジュエリーボックス。登録者以外は開けられない代物よ。古代遺物の一つね」
ヴィクトルは、最近真琴の魔改造に慣れすぎてるのか、
古代遺物と聞いても驚かない。
「そう言うことなら」
と言って、アスターを呼んだ。
呼ばれたアスターにリオを呼んでくるよう頼む。
しばらくするとリオが現れた。
「ねー何で勝手に真琴たちいないの?」
自分に何も言わずに真琴たちが出掛けたことにご立腹のようだ。ヴィクトル的には『知るか!』と言いたい。
「これを誰にも知られずにクラリスに届けて欲しいんだが?」
ヴィクトルからは、リオなら出来るよな?と決定事項のようだ。
「へー、古代遺物かぁ。登録者以外が開けるとどうなるの?
指切れる?爆発する?」
なんとも物騒な話である。
「危険装置は、魔法庁で解除済み!ただし、登録者以外が開けようとしたら特殊インクが顔にかかるよ。落とせるかねえ」
エマもニヤリと笑う。
「見たいですなぁ」と悪代官ばりの笑顔でリオは、受け取って
部屋を後にした。
「全く、面白い子たちが集まったわね」
「俺に集まったんじゃない。真琴の周りに集まったんだ」
「でも、今は私たちの力になってくれる。そういう友人は、
一生の友だよ」
エマがヴィクトルにそういうとグレアムも頷いた。
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