【第3章】 第64話

【第3章】第64話 深海からの視線

収束する海

真琴達一行は、
船で海洋都市バニラアイスのマリーナへ戻ってきていた。

だが——

状況は、何一つ整理されていない。

むしろ、
不明点だけが増えている。



一つ。

“お父様”と呼ばれる、
セラフィナ達の父親の思惑。

二つ。

鐘のような呼び声へ呼応し、
海から浮かび上がってきた魔物の正体。

あれは、本当にヒュドラなのか。

三つ。

これは不明点というより、
真琴自身の考察に近い。

——海の魔物相手に、
自分達は本当に対峙出来るのか。



古代遺跡へ向かった際にも、
巨大な魔物とは戦ってきた。

ボルボロのヴェール・レギオン。

砂漠のサンドワーム。

女王蟻。

それぞれが、
災害級の脅威だった。

だが——

今回感じた“何か”は、
それらとは根本的に違う。

深海。

暗闇。

鐘の音。

そして、
海の底から見上げてくるような、
得体の知れない干渉圧。



「……いや」

真琴は小さく息を吐く。

「怖気付いているのかもしれないな」

その呟きは、
誰へ向けたものでもなかった。



「それは違うと思うよ」

不意に、
リオが口を開いた。

珍しく、
軽薄さの薄い声だった。

「あれは、
ヒュドラじゃない」

「……根拠は?」

真琴が視線を向ける。

「ヒュドラは伝承だと、
九つの頭を持つ海蛇。
猛毒の息を吐く不死身の魔物だ」

リオは続ける。

「でも、
今回の症状と一致しない」

「症状?」

「魂を抜かれたみたいに呆ける。
意識が閉じ込められる。
石化する。
そういう報告が多い」



「クラリス、
海の魔物関連の資料は?」

「あるわ」

呼ばれたクラリスが、
すぐに前へ出た。

「まずヒュドラね。
リオの言う通り、
複数の首を持つ海蛇型という記述が主流よ」

「主流?」

「実際に全身を見た生存者が居ないの」

クラリスは淡々と続ける。

「九つ首とも言われるし、
もっと多いとも言われる。
巨大な翼を持つ竜型という記述もあるわ」

「雑だなぁ神話」

真琴がぼそりと呟く。

「でも、
猛毒だけは共通してる。
切断された首が再生するって記録も多いわね」

「不死身の魔物、
って部分か」

ヴィクトルが腕を組む。



「じゃあ、
今回のは別系統?」

真琴が顎へ手を当てる。

「魂を抜く。
意識を閉じ込める。
石化。

そっち系の魔物、
海に居そう?」

「それは、
魔人関連かもしれないわね」

静かに答えたのは、
セラフィナだった。

「魔人?」

「精神干渉系。
あるいは、
観測汚染型」

「うわ。
嫌な単語出た」

真琴が露骨に顔をしかめる。



「後は石化、か」

「文献に載っていたのは、
リヴァイアサン」

クラリスが指を折る。

「それと——
テュー・ポーン」

「初耳なんだけど?」

真琴が即座に食いついた。

「どんな化け物?」

「巨大な蛸型魔物」

その場の空気が、
わずかに静まる。

「発光する巨大な目を持ち、
口の刃で船すら砕く。
触腕は異常に長く、
巻き付かれたら逃げられない」

「うわぁ……」

レオンハルトが露骨に嫌そうな顔をした。

「あと、
特徴的なのは“声”ね」

「声?」

「鳴き声を発する度に、
島や山が鳴動したって」



「……鐘の音」

真琴が呟く。

「っぽいわね」

「軟体系なら、
干渉圧に飲まれて変質した可能性もあるかも」

「真琴にかかると、
神話級の怪物が急に仕様書みたいになるな……」

レオンハルトが呆れたように言う。



「でもさ」

リオが口を挟む。

「島で海が競り上がった時、
“目”っぽいの見えたじゃん?」

「あー」

真琴も頷く。

「確かに、
爬虫類系っていうよりは、
蛸とかイカっぽかった気がする」

「冷静に分析してる方が怖いわ!」

ヴィクトルが思わずツッコむ。

その横で、
船長とヴィクトルの両親は、
若干引いた顔をしていた。



その時だった。

——ゴ……

停泊している船体が、
わずかに軋んだ。

波ではない。

潮流とも違う。

まるで、
海の底を巨大な何かが通過したような、
鈍い振動。



「今の……」

フィオナが青ざめる。

マリーナの海面には、
小さな波紋が広がっていた。

周囲の船員達も、
無言で海を見ている。

誰も騒がない。

だが、
空気だけが異様に張り詰めていた。



「船底魔力探査」

真琴が即座にログを展開する。

ぴこん。

青白い魔法ログが空中へ展開された。

【近海深度探査:反応あり】

【対象:移動中】

【サイズ:規格外】

【警告:
 探査範囲外から干渉を確認】

「…………は?」

真琴の声が引き攣る。

「範囲外から干渉?」



リオが、
静かに海を見る。

いつもの軽い空気は、
消えていた。

「ねぇ真琴」リオが聞く

「なに」真琴が答える。

「たぶんだけど」視線は変わらない。

「その前置き嫌い」

「海側、
こっちを観測し返してる」



その瞬間。




船内の空気が、
一気に凍りついた。



「大丈夫です」

その沈黙を破ったのは、
セラフィナだった。

銀髪を海風に揺らしながら、
静かに海面を見つめている。

「向こうは、
まだ“観測”しているだけ」

「……だけ?」

真琴が嫌そうな顔をする。

「仕掛けてくるなら、
もっと干渉圧が上がるでしょう」

あまりにも冷静な分析だった。



「だねぇ」

ルナミナも、
白いうさぎを抱えたまま頷く。

「ルクレッツィアお姉様なら、
もっとネッチョリした圧だし」

「比較対象が最悪なんだけど」

真琴が即座に突っ込む。

「あと、
“ネッチョリした圧”って何」

「嫌な感じの圧〜」

「語彙が雑!」



だが、
その軽口のおかげで。

張り詰めていた空気が、
ほんの少しだけ緩んだ。



「……お前たち三姉妹も、
なかなか楽しそうだな」

レオンハルトが、
深いため息を吐く。

「楽しいよ〜?」

「否定しないのか……」

「だって、
お姉様達だし」

ルナミナは、
どこか嬉しそうに笑った。

その横で。

セラフィナだけが、
じっと海を見ていた。

まるで——

海の向こう側に居る“何か”を、
観測し返しているかのように。

ーーーーーーーーーー
前の話
次の話
【第3章】まとめページ
【第2章】まとめページ
【第1章】まとめページ

いいなと思ったら応援しよう!