【第3章】 第57話
【第3章】第57話 海を恐れない男
海洋都市バニラアイス。
冒険者ギルドを出たヴィクトルとクラリスは、
無言で歩いていた。
——すごく気まずかった。
その理由は単純である。
後ろから、
リオが魔法で“船”を引き連れて歩いているからだ。
⸻
ぎぃ……
ごごご……
本来なら海を進むはずの船が、
何故か石畳の上を浮遊している。
しかも、無駄に大きい。
通行人達が、
次々と足を止めていた。
「なんだあれ……」
「船?」
「いや船だろ」
「なんで陸歩いてんの?」
「しかも冒険者ギルドから出てきたぞ」
ひそひそ声が、
容赦なく突き刺さる。
⸻
「……お兄様」
クラリスが、
疲れ切った声で呟く。
「恥ずかしいのですが?」
「安心しろ、妹よ」
ヴィクトルは遠い目をした。
「私もだ」
⸻
ヴィクトルは、
こめかみを押さえながら溜息を吐いた。
「通信機で真琴達から合流場所は送られてきたが……」
「ええ」
「直接行っていいものか?」
クラリスも、
静かに視線を逸らす。
「船の事は伝えてありますし、
留め置く場所はあるそうですよ」
「……リオだけ先に行かせたい」
「同感です」
兄妹の意見は一致していた。
⸻
クラリスは、
諦め半分で振り返る。
「リオ、とりあえず先に——」
「無理」
即答だった。
「大き過ぎてマジックボックスにも入らないんだもん」
リオは悪びれもせず、
船を引っ張ったまま肩を竦める。
「旅先の恥かきは連帯責任って言葉があるじゃん?」
「あるか!」
ヴィクトルが、
間髪入れずに突っ込んだ。
⸻
結局。
視線から逃れる術はなく。
ヴィクトルとクラリスは、
公開処刑のような気分のまま、
マリーナまで歩く事となった。
⸻
「……何あれ」
先に到着していた真琴が、
乾いた声を漏らす。
「船を引き連れて歩いてる……」
「いや、“引きずってる”ではありませんね」
フィオナが苦笑した。
「もう街の名物みたいになっています」
周囲では、
子供達が目を輝かせている。
「あ!浮いてるー!」
「すげー!」
「海賊船!?」
「違うと思うぞ!」
⸻
レオンハルトは、
静かに視線を逸らした。
「……ヴィクトル達が気の毒になってきた」
「今更?」
真琴が即答する。
⸻
マリーナへ到着したヴィクトルとクラリスは、
完全に疲弊していた。
「……帰りたい」
「ここ、目的地ですよお兄様」
クラリスも、
珍しくぐったりしている。
⸻
そんな二人を。
「まあまあ」
「落ち着いてください」
「これはこれで面白かったし?」
真琴、フィオナ、リオが、
好き勝手言いながら宥め倒した事は、
言うまでもない。
そして——
「……お前は後で覚えてろ」
ヴィクトルの低い声に。
「えー?」
リオだけは、
最後まで全く反省していなかった。
⸻
ちなみに。
改造仕込み込みで購入してきたドワーフ印の船。
その仕事は、
当然のように真琴へ丸投げされた。
「リオ、後で覚えてろ」
「えー?」
どうやら“後で覚えてろ貯金”が、
順調に積み立てられているらしい。
⸻
まあ、それは置いておいて。
真琴は、
クラリスに手伝ってもらいながら、
船の魔法ログを洗い直していた。
「問題は操縦よね」
「ですね」
船はあっても、
船長がいない。
しかも、
街の様子を見る限り、
今の海へ出たがる船乗りは少ない。
ならば。
感覚的に操縦できるよう、
魔法側を魔改造するしかない。
「レオン、期待してる」
「待て」
「器用そうだし」
「その評価、嫌な予感しかしないんだが?」
⸻
「でも、海の上だぜー?」
リオが、
桟橋へ腰掛けながら言う。
「海には海の掟もあるんじゃないの?
勝手に操縦してどうにかなるもんなの?」
その言葉に、
場が少し静かになる。
確かに。
馬車とは違う。
海は、
一歩間違えれば、
そのまま死に直結する場所だ。
⸻
そんな時だった。
「——船長になってやろうか?」
低い声が、
背後から響いた。
振り返る。
そこにいたのは、
日に焼けた肌を持つ屈強な男だった。
無精髭。
太い腕。
潮風に晒され続けたような外套。
そして何より——
海を恐れていない目をしていた。
⸻
「誰?」
真琴が率直に聞く。
「ドワーフの道具屋店長の知り合いだ」
男は短く答えた。
「最近の異常騒ぎで、
漁船も何隻か沈められてな」
その言葉に、
空気が少し重くなる。
「仲間も死んだ」
淡々とした声だった。
だが。
それが逆に、
海の現実味を感じさせた。
⸻
「……リオ」
真琴が視線を向ける。
「身元確認。
ドワーフ店に行ってきて」
「はーい」
リオは軽く返事をすると、
男と共に街の方へ歩いていった。
⸻
その背中を見送りながら。
「随分と肝の据わった男性でしたね」
フィオナが静かに呟く。
「ああ」
レオンハルトも、
海を見ながら答えた。
「漁船で仲間を失ったのかもしれないな」
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