【外伝】 幻の蜂蜜ー前編
【外伝】幻の蜂蜜を求めてー前編
王都、まだ朝靄の時間。
一人の男が、登山の用意をしていた。
大きな背中。無骨な装備。
そして——片目に走る、深い傷跡。
極悪片目傷跡グリズリー店長である。
「おはよう、早いのね?」
通りかかったダークエルフの女——アリアが、足を止める。
「散歩かァ?」
「俺はこれから——食材を探しに行くのよォ」
獣人特有の荒々しい見た目とは裏腹に、手元は妙に繊細だ。
手際よく荷物をまとめていく。
「食材? 店長自ら採取に行くの?」
アリアの目が、わずかに細くなる。
「俺の蜂蜜は特別製だからなァ」
「でも今日のは——その中でも“極上”よォ」
にやり、と笑う。
(……極上)
その一言で、十分だった。
「同行するわ」
即答。
「私は森の民よ。弓なら誰にも負けない」
「ちょっと待ってなさい、準備してくる」
脱兎の如く走り去る。
——そして数分後。
冒険者スタイルのアリアが戻ってきた時。
「……なんで増えてるの?」
そこには、なぜか既に——
数人の“見覚えのある顔”が揃っていた。
⸻
真琴がいた。
「え、なにそれ面白そう」
レオンハルトもいた。
「うまいもんあるって聞いた!」
フィオナもいた。
「危ないなら、一緒に行きましょう」
「あなた達、仲良いのね?」
三人は顔を見合わせ——即答する。
「もちろん!」
⸻
「これから行くのは、『エジンバラ山』だ」
歩きながら、グリズリー店長が言う。
「中腹に泉があってな。そこに蜂がいる」
「蜂ねぇ」
真琴が空を見上げる。
「こんなとこで暮らしてるってことは——普通じゃないよね」
「そりゃなァ」
店長が、肩をすくめる。
「天敵から逃げて、あそこに住み着いた連中だ」
「天敵?」
一拍。
「……熊だ」
四人が一斉に頷く。
「なるほどねぇ」
妙な納得感があった。
「……ってことはさ」
真琴が、ぽつりと呟く。
「ずっと狙われてるってことだよね?」
「そうだなァ」
あっさり肯定する店長。
「しかも——」
少しだけ、空を見上げる。
「“普通の蜂じゃねぇ”」
その瞬間。
——ブゥン……
低く、重い羽音。
全員が顔を上げる。
「……今の」
視界の端を、何かが横切る。
「でかくない?」
沈黙。
そして——
「……あれ、蜂だなァ」
「いやいやいやいや!!」
真琴のツッコミが、山に響いた。
⸻
「さっきのは普通だ」
店長が、ぽつりと呟く。
「俺が探してるのは——あれじゃねぇ」
一同、黙る。
「じゃあ何なのよ」
アリアが、静かに聞いた。
店長は少しだけ笑った。
「花だ」
「……花?」
「満月の夜だけ咲く」
一拍。
「その蜜を巡って——蜂の“代替わり”が起きる」
一拍。
「……命がけの、儀式だ」
沈黙。
誰も、軽口を叩かなかった。
⸻
その日。
しかし、彼らはまだ——
“幻の蜂蜜”の本当の意味を、知らなかった。
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