【第5章】 第120話

【第5章】第120話 置かれた少女の終わり

王都、王宮のクラリスが囚われている部屋

后教育という授業が何時間も続く
「本当ならば、もっと若いうちに婚約者を決めて、何年もかけて勉強する事なんですよ」

第一王子が王位継承権を獲得し、王になるための体面のため

その婚約者は、執務もこなさなければならない。

国の成り立ちから、隣国や貴族たちの関わりまで

クラリスは、王都の図書館職員だったので書物的なデータは問題ない。それよりは、后らしい仕草や言葉遣いの方が苦労した。

「お茶会とかサボってたのが祟ってる」

貴族の令嬢たちと話しているよりは魔法書の一冊も読みたいというのが本音だったから致し方ない。

本日の授業は、公式のお茶会マナー

隣国のお姫様をお客様に迎えた時という設定だそうだ。

先ほどから何回もダメ出しをくらい、お腹はタプタプ

「あの…ちょっと化粧室に行って来てもよろしいでしょうか?」

ついに限界を迎えてそうお願いする。

「わかりました。私は待っておりますので」
教育係の眼鏡がキラリと光る。

「すぐに戻りますので」言って、クラリスは部屋を出た。

クラリスが完全に部屋から離れたのを確認して、

教育係は、動いた。目的は、小物入れ。

クラリスが母親のエマから託された小物入れである。

アレクシス王子から中身を確認しろと言われていた。

小物入れには、鍵がかかっている。

机の所に屈み、小物入れの籠穴に髪に刺してきた金具を

差し込んだ。

ガチャ!ブシャーーーー!

教育係の顔に真っ黒い液体が吹きつけられる。

「キャア‼︎」

顔からドレス全面が真っ黒に染まった。

慌ててクラリスの部屋から逃げだす。

クラリスがその後ろ姿を見ながら部屋に戻って来た。

「あーあ、開け方間違えちゃったのね」

中身は、真琴からの手紙と無限付箋紙だ。

見られてもダメージなどない。

しかし、机の周りに黒い液体が飛んでいる。

小物入れを片付けて、メイドを呼んだ。

「部屋の掃除をお願いします。私物には触らないでね。私の私物は危険だから」とにっこりと笑って。



部屋の片付けが終わり、一人になった時間。

「今は大丈夫?」とリオの声がした。

「大丈夫よ」とクラリスが答えた。

言い終わらないうちに空間が揺らぎ、
リオとヴィクトルが姿を現した。

(お兄様!)と、声を殺して

クラリスが抱きついた。

「大丈夫か?」

うんうんと頷く。

リオがトントンと小物入れを叩いた。

「発動した?」

「ええ。匂う?」

「これは、被った人災難だったねぇ」見たかったと残念がって言った。

まったくぅという顔でヴィクトルは、
「これ父さんから。クラリスの意思を確認して来いってさ」

と言って、グレアムから託された書類が入った封筒を渡す。

クラリスは、その書類を確認した。

「流石、お父様!」クラリスは、満面の笑みだ。

「何の書類だったんだ?」

「ふふ…正式な婚約の書簡に対する返答書よ。
もう、両親のサインはしてあるの。これに…ね」

「アレクシスは勿論のこと、王様だってサインはしないだろう?」

「もう一人いるじゃない。皇后陛下が」

「皇后陛下か…サインしてくれるか?」

「先のセラフィナやセルディンの件もあるし、
女には女の戦いがあるのです」

ヴィクトルは引いて、そうかと答えた。

「と、いうわけでリオ、連れて行って欲しい所があるの」

「皇后陛下の所?」

クラリスは、深く頷いた。



王宮内――上層区画。

普段、許可なく立ち入ることができない静謐な廊下を、クラリスはリオと共に進んでいた。

空間転移によって王宮の監視網を抜ける。

本来なら不可能な侵入だったが、リオの魔法はその“前提”すら書き換える。

「……ここまで来るの、久しぶりね」

クラリスの声は小さい。

懐かしさではない。

むしろ、少しだけ息が詰まる感覚。

リオは横目で彼女を見る。

「怖い?」

「怖いというより……面倒、かしら」

その返答に、リオは軽く笑った。

「それは立派な防衛反応だと思うけど」

廊下の先。

二人の歩みは、やがて一つの扉の前で止まる。

装飾は控えめ。

だが、その存在感だけで“格”が分かる扉だった。

クラリスは一度だけ息を整える。

そして、ノックした。

――コン、コン。

少しの間。

やがて中から静かな声が返る。

「入りなさい」

澄んでいるのに、逃げ場のない声だった。

クラリスは扉を開く。

その先には、広い室内。

そして、窓際に立つ一人の女性がいた。

皇后。

王妃ではなく、王宮そのものの均衡を担う存在。

振り返ったその視線は、柔らかいようでいて、すべてを見ている。

「久しぶりね、クラリス」

「……ご無沙汰しております、皇后陛下」

形式通りの挨拶。

だがその一言の中に、複数の意味が重なっていた。

“保護”という名の監視。

“教育”という名の拘束。

そして、“婚約者としての準備”。

皇后はゆっくりと歩み寄る。

「顔色は悪くないわね」

「おかげさまで、忙しくはありますが」

クラリスは微笑を崩さない。

その完璧さが、かえってこの場の異様さを際立たせていた。

皇后は視線をリオへ向ける。

一瞬だけ。

しかし、その一瞬で“異物”を正確に認識する目だった。

「その方は?」

「協力者です」

クラリスの答えは短い。

それ以上説明しない。

できないのではなく、“する必要がない”という判断だった。

皇后はわずかに目を細める。

「なるほど……」

意味深な間。

それから、視線をクラリスへ戻す。

「それで、今日は何をしに来たのかしら」

クラリスは一歩、前に出た。

そして静かに言う。

「婚約に関する、正式な返答をお伝えしに参りました」

その言葉に、室内の空気がわずかに変わる。

リオが小さく息を吐く。

皇后は、驚かない。

むしろ――

“やっと来たか”という顔だった。

「続けなさい」

クラリスは、書類を取り出す。

そこには、グレアムの署名と、シュバルツ家の意志。

そして王宮制度の“隙間”を突くための形が整えられていた。

「私は――」

クラリスは一度だけ言葉を切る。

そして、はっきりと続けた。

「この婚約には、お引き受け出来ません」

リオの目がわずかに細くなる。

「そう来るのね」

その一言で、空気が変わる

皇后は、微かに笑った。

クラリスは頷く。

「はい」

その声は、もう揺れていなかった。

王宮に“置かれていた少女”ではなく。

決意を込めた女性の声だった。


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