【第6章】 第155話

【第6章】第155話 理と怒り

「黒狼、申し訳ないけれど、私たちはこの方の行いを肯定できないわ。精霊たちの意思を踏みにじって、その命を――」

真琴の叫びは、五月蝿いと封じられた。

「五月蝿いのう。お前達はそれほど高尚か?

肉は食わんか? 魚は食わんか? 草木にだって生命は宿る。

己が生きるために命を奪いながら、精霊だけは特別扱いとは、ずいぶん都合の良い正義よ。」

「真琴、やめておけ。私もフィオナも、こういう輩とは嫌というほど渡り合ってきた。そして辟易した。都合の良い正義、信仰……。何度も言葉を尽くしたさ。だが、響かなかった。理屈の山は聞くだけ時間の無駄だ」

ルードヴィッヒが真琴を制した。フィオナも頷いている。

神殿という閉ざされた世界で、「信仰こそが正義」とする者たちを相手に戦ってきた二人には分かっていた。

思想に染まった相手を、理屈だけで変えることはできない。

ルードヴィッヒは小さく首を振る。

「その問答は、相手の思う壺だ。」

そして、リオが続けた。

「人の時間は有限だ。男の無限の時間を持つ者の暇潰しに付き合う必要はない。」

「リオ、無限の時間って?」

「黒狼、精霊王妃の柩を直してもらったのは、いつだ?」

「1000年は経つか…ここの心臓部が稼働し始めたのは、最近だがな」

驚愕する中、

「お前は、魔人か?」
ヴィクトルが聞いた。

「元は人間だったかな。昔のことだからな寝ている間に忘れたな」

「古代遺跡の存在を知っている者は限られる」

リオは、クラリスにアイコンタクトすると頷いた。彼女は、両親が古代遺跡の研究をしてきた関係もあるので他の人より知識は深い。

リオは静かに黒狼を見据えた。

「クラリスのように王家の秘匿へ触れられる者でさえ、その全容は知らない。」

クラリスも静かに頷く。

「私が閲覧を許された文献にも、ごく一部しか記されていませんでした。古代遺跡は世界各地に点在している、としか……」

黒狼は小さく鼻を鳴らした。

「当然だ。人の世に知られてよいものではないからな。」

ヴィクトルが一歩前へ出る。

「なら教えろ。この遺跡は何なんだ?」

黒狼は背後の巨大な水晶を見上げた。

その中では、精霊王妃が静かに眠り続けている。

「この遺跡は、精霊を未来へ繋ぐための揺り籠だ。」

誰も言葉を発しない。

黒狼は続ける。

「古代遺跡は、それぞれ異なる理を託されて造られた。」

「ここは精霊。」

「そして儂が知る限り、その遺跡は世界に十二存在する。」

その言葉に、真琴は息を呑んだ。

(十二もの古代遺跡……。)

砂漠で見た水晶竜の姿が脳裏をよぎる。

あれもまた、この遺跡と同じように何かを未来へ残すための存在だったのだろうか。

その時だった。

「十二ではない。」

賢人が静かに口を開く。

黒狼の金色の瞳が細くなる。

「……何?」

「オルフェウス様が遺した古代遺跡は、その倍存在する。」

その名が告げられた瞬間――

「えっ……。」

思わず真琴の口から声が漏れた。

一同の視線が彼女へ集まる。

しかし真琴の耳には何も入っていなかった。

(オルフェウス……。)

その名は、これまで幾度となく魔法ログに現れてきた名。

この世界の理そのものを設計したかのような、謎に包まれた存在。

なぜ今、その名がここで出てくるのか。

黒狼は賢人をじっと見据えたまま、低く笑う。

「ほう……。」

「そこまで知っておるとはな。」

部屋の空気が、さらに張り詰めていく。

真琴は、俯いた。やはり私は未熟だと。

たった一つの名前だけで、ここまで動揺するとは。

オルフェウス。

その名は、魔法ログに幾度となく現れた。

だが、それが何者なのか。

何を遺し、何を未来へ託そうとしたのか。

自分は何一つ知らない。

知れば知るほど、この世界は広がっていく。

そして同時に、自分の無知を思い知らされる。

静寂の中、黒狼は真琴へ一瞥を向けると、小さく鼻を鳴らした。

「……面白い。」

その呟きが、誰に向けられたものなのかは分からなかった。

「ハハハ……やっぱり私は未熟だわ。」

真琴は自嘲気味に笑う。

「何が理よ。考えることじゃなかった。」

「真琴?」

「悩むのは後でいいわ。私はここに怒ってきたの!
精霊達の命を弄んだ。それだけで万死よ!

貴方は、魔石に閉じ込められた精霊が砕け散る瞬間を見た?
精霊使いの少女が、その光景を見て泣き崩れた姿を知ってる?」

気持ちを混乱させた精霊がそれでも精霊王妃の安否を心配して柩に群がるその心情を。

「そうだな。俺もそれでいいと思う。小難しい事を考える専門家は他にいる。」

レオンハルトもグッと手を握り、はっきりと答えた。

「俺は竜使いだ。精霊達とは仲間でいたい」

アレクシス王子が目を見張る。

「私は、初めて負けたと思うよ。単細胞に」

「こう言う時は、単純な奴が最強なんだよ」
ルードヴィッヒもレオンハルトの宣言にそう思った。

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