【短編小説】⑩ブラッドオレンジに染まるマンションの給水塔の前で
10話ブラッドオレンジに染まる屋上で
週刊誌に軽く書かれた父の「転落」の文字が、
蓮の胸だけを深く沈めた。
アンカーが
水底に突き刺さり、
船が動きを止めたように
蓮の足も、
思うように
前へ進まなくなった。
父は大手ゼネコンから
数々の建造物を請け負い、
設計してきた人間だ。
都心の高層ビル、美術館、
競技場—どれも誇れるはずの仕事だった。

だが耐震強度を
偽装したとして、
日本中を震撼させた事件。
春の宴が終わり
葉桜に変わった頃、
父は警視庁と各県警の
合同捜査の末、逮捕。
郊外の拘置所に収監された。
あの日以来、
蓮の中で“父”は、
記憶の棚の暗い場所に
押し込まれていた。
週刊誌を閉じた瞬間、
胸の奥がひどく冷えた。
蓮はもう視線を
上げられなかった。
心の重荷が
ストンと足先まで落ち、
まとわりつく。
それなのに、
不思議と足だけが
ブラッドオレンジに染まる
マンションへ向かっていた。
気づけば、
非常階段を登っていた。
夕陽が差し込み、
鉄の手すりが赤く染まる。
そこに、凪の姿があった。
彼女はスマホを握りしめ、
小さく息を呑んでいる。
すぐに海斗へ
《蓮が来た》とだけ送った。
屋上へ出たとき、
蓮は息をのみ、
立ち止まった。

隅に、作業着姿の
中年男が座っていた。
週刊誌のようなものを手に、肩を落としている。
最初は他人だと思った。
だが、夕陽が
その顔の輪郭を
照らした瞬間、
蓮の心臓が跳ねた。
父だった。
父もまた、蓮に気づき、
目を大きく開いた。
二人の間に、
風が通り抜ける。
遠くで、
凪が壁の影に身を潜め、
息を殺して見守っていた。
少し遅れて駆けつけた。
海斗も、凪に「静かに」と
制され、並んで立った。

父は、弱い声で言った。
「……蓮。すまなかった。
全部、俺のせいだ。
でもな、ここは……俺が最初に建てた場所なんだ。
お前をよく連れてきて、二人で夕陽を見たろ。
覚えてるか?」
蓮は答えられなかった。
ただ、夕陽が父の肩をやさしく照らすのを見ていた。
ブラッドオレンジの
光の中で、
壊れたままだった
親子の時間が、
ゆっくりと息をし始めた。
