【短編小説】⑧ブラッドオレンジに染まるマンションの給水塔の前で
第8話 登れない者の日向 蓮
放課後の教室は、
笑いで満ちていた。
机を叩く音、椅子を蹴る音、
菓子袋の弾ける音。
俺(日向 蓮《ひなた れん》は、
その真ん中で、
笑いのタイミングだけを
合わせていた。
海斗「おい蓮! またあの数学寝てただろ!」
蓮「うるせぇ、
俺は寝ながら解いてんだよ」
笑い声。
こいつらは信じている。
俺が“そういう奴”だと。
信じさせているのは俺だ。
バカで陽気で、
悩みなんかない奴。
そう思ってくれたほうが
楽だからだ。
窓際の席で、
海斗と凪が何か話している。
いや、正確には
――話してすらいない。
それなのに、
通じ合っている。
あいつらを見て、
俺はこう思った。
羨ましい、
なんて軽い言葉じゃねぇ。
もっと、深くて、
腹に重い感情。
笑いながら、席を立つ。

蓮「おう、じゃあな!
また明日も起こしてくれよ」
俺がそう言うとき、
誰も気づかない。
《俺、一人で帰るの
嫌なんだよ≫
夕方の廊下は、
空調の音だけがしていた。
誰も見ていない窓に
映る自分の顔。

いっそ、
これが自分じゃなきゃ
いいと思った。
校門を出る。
海斗も凪も、もういない。
塔のほうに、
きっといるのだろう。
《塔――呼吸できる場所》
そうだろ? 俺は知ってる。
お前らが、
そこで生き延びてることを。
俺には、登る場所がねぇ。
逃げたら足元が
崩れるだけの地面しかねぇ。
塔なんざ、
最初から見えたこともねぇ。
家に帰る道は、
遠回りしても、
何も変わらない。
コンビニに寄っても、
誰も「どうした」
とは聞かない。

家に帰っても、何も返ってこない。
鏡には、取り繕った自分の顔。
海斗と凪を思う。
あいつらのところだけ、夕陽が味方してるみてぇだ。
《そりゃ、悔しくもなるだろ。》
窓を開けると、夜風が頬を撫でた。
ここにも、風は来る。
まだ折れるわけにはいかない。
上を向くだけだ。
《地上にも、風は吹く。》

【連載中】短編小説『天空の鏡』
【完結済】短編小説『沈む七色の海〜町に希望が灯る』
マガジンTOP
#短編小説 #note小説 #青春小説 #群像劇 #孤独 #痛みと向き合う #心の葛藤 #生きる理由 #登れない者の日向蓮 #なんで俺だけ
