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【短編小説】③走り抜くこと〜誰よりも先に駆け抜ける〜

第3話 余白の使い方

放課後の新聞部室では、
コピー機の軽快な音と
インクの匂いが喧嘩している場所だ。

蛍光灯は一部でチカチカがはじまり、
壁のポスターは去年の文化祭の
活気が残ったままだった。

机の上のには、
半分飲みかけの
ペットボトルと取材メモ。

悠真は、椅子に腰掛けたまま
ペンを回してた。

今月の特集テーマは
「新年度を走る人たち」
生徒会、吹奏楽部、ボランティア部。
そしてー陸上部。

悠真が撮った梨央の写真が、
レイアウト候補の端に貼られてある。

部長の千景が「珍しいね。君がスポーツ担当なんて。」
そう印刷の見本を片手に立っていた。

鋭い眼鏡越しに見下ろすような視線。

悠真「いや、たまたま近くにいたから・・・。」
千景「その"たまたま"を原稿にするのが新聞部でしょ!」

彼女の言葉は、
編集者というより
レントゲン技師の診断みたいに正確だった。

見出しの上には空白がある。
タイトルを入れるには狭く、
写真を載せるには広すぎる。

そこに何を載せるか、
ーーそれが決まらない。

机の上のノートをめくると、
昨日のメモが残っていた。

『逃げるためじゃなく、走るために走ってみたら。』
梨央に言った自分の言葉。

実際に書いてみると
安っぽい励ましのようで、
少し照れくさい。

だが、あの瞬間に彼女の顔は、
何かが変わったと確信した。

千景「悠真、記事タイトルは?」
悠真「・・・まだ。」
千景「校了、明後日よ!」
悠真「分かってる!!」

千景はため息をつき、
他のページへ移っていった。

机の端には印刷に失敗した紙が、
山のように積み重なっている。
余白が多すぎてボツになった版下。《はんした》

だが、悠真はそれを裏返してシャーペンで書き始めた。

ーー走る人は、
"走り方を知らないときが、
一番速い"
書いた瞬間、芯が折れた。

でも、その言葉だけは、
どこかで完成していた。

その日の帰り道、
校門付近の部室棟の前で梨央を見かけた。
ジャージのまま靴紐を直している。

梨央の肩越しに夕焼けの光を受けていた。
悠真はシャッターを押そうとしたがやめた。

写真を撮るよりも、
その姿を"文章化"したほうが映えると思ったからだ。

梨央「また取材?」
気付かれて、悠真に軽く手を振る。

悠真「違う、ちょっと構図の練習さ!」
梨央「ふうん、勉強熱心だね。」
悠真「まあ、鬼の部長が怖いからね。」

梨央は笑った。
それは昨日よりも自然な笑顔だった。

梨央「今の私の顔、撮っとけば?」
悠真「写真は撮らない。記事にするだけ・・・。」
梨央「記事だけ?で、何を書くの?靴紐の結び方?あはは。」
悠真「・・・走り方の余白?みたいなやつ。」
梨央「ふーん。よく分かんないな。」
悠真「分かんなくていい。」

自分自身、よく分からないまま、
そう口にした。

帰宅後、悠真はパソコンを起動した。

タイトルに指を置き、
空白の一拍を見つめる。
そして打ち込む。

「余白の使い方ーー走る人のもう一つの線。」

エンターキーを押した瞬間、
ディスプレイの明かりが指先を照らした。

胸の中で何かが静かに鳴った。
それは文章が、誰かの心拍を写し取るような音。

その夜、千景からメッセージが届いた。

《タイトル、いいね。
生きてる感じする。》

短い文の下に、
部誌レイアウトの添付ファイル。

梨央の写真が中央に配置され、
その下にーーあのタイトルが入っていた。

悠真はスマホを伏せて、
天井を見上げた。
明日、彼女はどんな余白を走るのかな?
そう思うと、また筆を持ちたくなった。

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【連載中】走り抜くこと

短編小説『天空の鏡―』連載中

【完結済】短編小説『沈む七色の海〜町に希望が灯る』

【完結済】短編小説『海まで歩いて五分』全9話

【完結済】短編小説『はざま』全9話

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