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【短編小説】④走り抜くこと〜誰よりも先に駆け抜ける〜

第4話 痛みは先生

朝練の空気は冷たいのに、
地面だけはやけに柔らかく感じた。
部員たちのシューズが砂を削る音。

その中で、梨央は少しだけ後ろを走っていた。
顧問の早瀬がストップウォッチを握り、
無言でタイムを取っている。

「焦らなくていい」と言われても、体は正直だ。
スピードを上げると、
右足の内側に鈍い違和感が走った。

最初は、ただの筋肉痛だと思った。
だが、二本目のインターバルを終える頃には、
その違和感が“ひとつの声”のように強くなっていた。

練習を切り上げようか迷った時、
早瀬の声が飛んだ。
「無理をしても、誰も喜ばないぞ」

それは怒鳴り声ではなく、
淡々とした警告だった。
梨央は足を止める。

その瞬間、遅れて痛みが主張を始めた。
ベンチに腰を下ろすと、
足首の辺りがじんわりと熱い。

悠真がトラックの外でカメラを構えたまま、
こちらを見ていた。
梨央「撮らないで」


声を出すと、少し涙が混ざった。
「撮らないよ」と、彼は静かにレンズを下げた。

そのあと、レンズキャップを外して、
ベンチに置かれた氷嚢《ひょうのう》をわざとらしく撮った。

 「何してんの」
 「今日の主役はそれだから」
 「氷?」
 「うん。頑張りすぎる人を冷ます先生」

 彼の言葉はふざけて聞こえるのに、
不思議と痛みを和らげた。
 午後の授業中、右足の奥がじんわり重い。

 休み時間に保健室へ行くと、看護教諭が
 「シンスプリントかもしれないね」と言った。
 初めて聞く単語に、梨央は小さく頷くしかなかった。

“走りすぎのサイン”
——それが医者の診断よりも現実的に響いてる。
放課後、陸上部の仲間たちが
走っているグラウンドを見つめる。

動けない自分が、別の競技の選手みたいに思えた。
ベンチの上で、ノートを開く。
“#休む練習”と書いて、線で囲む。

それだけで、少し呼吸が落ち着いた。
「それ、タイトルみたいだね」
後ろから悠真の声。

 梨央「記事にでもする気?」
 悠真「たぶん、する」
 梨央「やめてよ」
 悠真「いいじゃん、“走る人が止まった日の話”」

 梨央は苦笑して、ノートを閉じた。


 「止まるって、怖いね」
 「止まらない方が、もっと怖いときもある」


彼の言葉は、砂に落ちた影みたいに
静かに沈んでいった。
その夜、シャワーのあとで足を冷やしながら、
梨央は考えた。


走ることを教えてくれたのが誰かだとしたら、
止まることを教えてくれるのは、
たぶん痛みだ。

 痛みは、叱り方を知っている。
 でも、その叱り方は優しい。
 「今は立ち止まれ」とだけ言って、去っていく。

感情に任せて怒る人は幾らでも居るけど、叱ってくれる人は少なくなったと感じている。
余裕がないのかな?
人に優しくなりたいと思う感情も強くなっていった。本当に不思議ね。

 ベッド脇のノートに、新しいタグを書いた。
 “#痛みは先生”
 文字の横で、インクが少しにじむ。
 それがまるで、心臓の拍を写したみたいに見えた。

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【連載中】走り抜くこと

【連載中】短編小説『天空の鏡』

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