【ちょっと昔の世界一周】 #52 《運命》
私はセルチュクの街中からタクシーに乗り、山道を進んでいた。
目的地までもう少しというところで車が止まる。
運転手が指を指す方に目をやると、そこには〝聖母マリア〟の銅像があった。
*****
エフェス遺跡の観光を終え、野良猫との夕食を終えた私は宿へと足を進めていた。
もう少しで宿に着く。
そんな時にふと、ネット屋の看板が目に入った。
そういえば、イスタンブールに着いた時に今後の予定(ギリシャを早めに切り上げ、ヨルダンに行く)を家族にメールしたっきり、連絡をとっていなかった。
サフランボルからここまでネット屋はあったのだが、その時間すらもったいないと感じるほど楽しく過ごしていた。
便りがないのは無事の知らせ
そうは言うものの、もしかしたら向こうからの連絡もあるかもしれない。
そんなことも考えて、久しぶりのネット屋へと足を運ぶ。
バンコクで初めて利用してから、様々な場所で訪れたこともありとてもスムーズに準備を進める。
日本語が対応してあることを確認すれば、あとはだいぶ手慣れた。
ID、パスワードを入力し、受信画面を開く。
何件か未読メールがあったが、家族からの分は二件だけ。
それも一つは予定変更について了解!的なものだったので、特に開かなくてもいいようなもの。
しかし、もう一件の内容を見て私は衝撃、と言うか運命を感じざるをえなかった。
そこに書かれていたことは、両親にとって二人の出会いのキューピットになってくれ、その後も私を含め家族でお世話になっていた方が癌になったということ。
そこまでは、そうかぁ…治療を含め、いい方向に進んで欲しいと思っていた。
そして、その後の内容はまさに運命的なものだった。
元々、その方は事故に遭い障害を持っていた。
そのこともあり、熱心なクリスチャンであった。
そんな彼女はもちろん私の旅のことも知っていた。
なので、イタリアに行くと聞き
「バチカンやたくさんの教会を見れるのはいいなぁ〜」
と言うほど真剣に宗教と向き合っていた。
そして先日、癌が判明したことを両親に伝えた際もそれはそれで受け止めていたようで、それとは別に私の話題になった時に
「そうか、今はトルコにいるんだ。そういえば、トルコにはマリア様の家と言われてる場所があるって聞いたんだよね。行ってみたいなぁ〜…」
そんな会話をしたらしい。
両親にとっては、彼女がいてくれたから結婚のキッカケができた大切な人。
もちろんそれがあったから私がいるわけなので、私にとっても大事な人。
その話を聞いた両親はマリアの家を調べたところ、私が行くと言っていたエフェスに近い場所にあると分かったらしい。
もしもまだその近くに私がいるのであれば、どうなるわけではないのだがお祈りにでも行けないか。
そんな内容だった。
聖母マリアの家
私は先ほど見たポストカードも思い出す。
近くにいるどころではない。
その街に私はいる。
これを運命と言わず、何が運命だろう。
ちょうど、その街にいるんで明日行きます。
そう返事を送り、私は宿へと戻っていった。
*****
翌朝、朝食がてら街中を歩きマリアの家への行き方を調べる。
手っ取り早いのはツーリストインフォメーションだ!と思い、開店時間と同時に訪ねてみる。
中にいる男性に話をしてみる。
すると、まさかの返答が…
「確か工事していてしばらく休みだったはずだな…」
嘘だろ…
自分でも驚くタイミングでここにいる。
しかも一番の目的であったエフェス遺跡も見終わり、今日は時間がたっぷりある。
まさに運命
それなのに休み…
なんとも言えず、外に出る。
正直、これも運命である。
でも…
そんな気持ちで歩いていく。
と、ここでまたしても昨日と同じポストカードも売っている屋台を見つけた。
何気なく近づき、マリアの家の一枚を手に取る。
屋台のおじさんは、買うかい?という雰囲気でこちらに話しかけてくる。
せっかくならこれを買って送ろうかと考えつつ、気がつけば何気なく話をしていた。
行こうと思ったら休みなんだよね〜。そんな感じで話をすると、工事終わったんじゃないかな〜とおじさんが言う。
ちょっと待ってな!と近くにいた人に聞きに行ってくれた。
すると、他の人たちも工事終わって再開してるよ!と教えてくれた。
どっちにしても行くならタクシーだから、タクシーの奴らに聞いてみな!
と客待ちをしながらおしゃべりをしているタクシーの人たちにも話をしに行ってくれた。
結果、一人の運転手が
「昨日行ったから、間違いなくやってるよ!」
と言ってくれた。
そうなると話は早い。
その場で数人のタクシー運転手と往復でいくらかの価格交渉を開始。
決まった瞬間にタクシーに乗り込んだ。
*****
マリアの家までもう少しだろうか。
訪れる人を出迎えるように設置してあるマリア像の前で車が止まる。

どうやら、どうしても訪問したがっていた私をクリスチャンと思ったらしく、運転手が気を利かせて止まってくれたようだ。
そこで、カタコトながらクリスチャンの知り合いが病気になったことを説明すると、そんなことがあったのか!と分かってくれたらしい。
そこからそんなに時間がかからずに〝マリアの家〟に到着する。
どこかは工事をしていたのかもしれないが、問題なく他にも人がいる。
ツアー客らしき団体もいるので、間違いなく休みではない。
タクシーの運転手は「ここで待ってるよ!」と言ってくれ、他の人の流れにのって進んでいく。
日本語でも説明文が書かれていたので、それを読んで改めてこの場所の確認をする。

そして、ポストカードに写っていた建物にたどり着く。
見た感じ、特別な建物というよりは昔に建てられたであろう普通の建物。

あまり大きくないその建物に、人が出たり入ったりを繰り返している。
私も中に入ってみる。

中の様子を伝えるためか、写真が飾ってある
中の作りは家というよりは教会。
中央の祭壇では祈りを捧げている人もいる。
正直、教会はイタリアでたくさん訪ねてきた。
それに、ここにマリアがいたという事実もハッキリとはしていないらしいので、もしかしたら違う可能性もある。
それでも、中の空気感が全くといっていいほど違った。
正確には表現しづらいが、場所の持っているパワーなのかもしれない。
この場所に聖母マリアがいたと信じて訪れる人たち。
そして、それを信じ祈る。
その〝祈りの力〟というものが、今まで感じたことのないほど満ちている気がする。
同じタイミングで入った人たちと同じように蝋燭に火を灯し、イタリアでの教会巡りの時になんとなくだが見様見真似で覚えた十字を切り、私も祈りを捧げる。
この祈りがどれだけの意味を持つかは分からない。
それでも自分の中では何かを成し遂げた気がして、建物をあとにする。
建物の近くを見ると、まるでおみくじのように紙が結び付けられている場所がある。

何かしら願いを込めて結ぶのかな?と思っていると、その横にある水で手を洗い、その手を拭いた紙を結び付けている。
詳しくは分からないが同じようにやってみて、少しでも良くなりますように…と願いを込めながら結びつける。
とりあえず、今の私にできることはここまでだろう。
一通り見て周り、タクシーに戻る。


帰り道は一人で満足しながらのものになった。
そんな私を乗せたタクシーは先ほど乗った場所へと戻ってきた。
運転手に礼を言い料金を渡す。
すると、お札を一枚返してきた。
あれっ?と思い、確認すると
「For Your Friend !!!」
と、言っている。
先程、彼に話していた内容を覚えていてくれたようで、気持ちだよ!と渡してくる。
素晴らしい出会いの連続のトルコでの滞在。
人の優しさを感じながら、礼を伝え私はその場を離れ家族にメールをしに再びネット屋へと向かった。
私のとった行動は、なんの意味も持たないのかもしれない。
でも、諦めずに行動することで何かは起こる。
少なくとも、今日ここにいることは運命だろう。
偶然とは運命なのかもしれない。
そんなことを考え、私は動き出した。
