創作の裏側『死んでも生きる〜ある「高齢者」の一日〜』
こんにちは、野村葉です。
1960年(昭和35年)生まれの、福岡県在住の男性です。
noteに投稿している小説の「創作の裏側」を紹介しています。
この記事は私自身の振り返りも兼ねています。お付き合いくださればうれしいです。
今回は5月12日に投稿した『死んでも生きる〜ある「高齢者」の一日〜』です。たくさんのビューをいただきました。ありがとうございます。
この作品のようなショートショートは、アイデアで勝負ですよね。私の場合は、ウォーキングの時に思いつくことが多いです。
主人公を高齢者のように描いておいて実はゾンビだったんだと読者に驚いてもらうように意図的に書いたつもりですが、うまくいきましたでしょうか。そのために『神頼み【完全版】〜66歳の生き直し〜』とほぼ同じコースを歩かせて、徐々に違和感が出てくるようにしました。
「高齢者ってゾンビみたいだ」って昔から思ってたんですよね。(高齢者の皆さん、ごめんなさい。私も66歳でお仲間ですからお許しください。)
先ほどとは逆に「ゾンビのように描写しておいて実は高齢者だった」という構成も考えたんですが、ストーリーが浮かびませんでした。別の機会にチャレンジしたいと思います。
私は、ジョージ・ロメロ監督の『ゾンビ』(1979年日本公開)を映画館で鑑賞した世代です。現在のシネマコンプレックスみたいな設備の整ったキレイなところではありません。安価な料金で映画を何本か続けて上映する「名画座」です。トイレのにおいが漂ってくるような雰囲気がありました。
アメリカの広大なショッピングモールを舞台にしたロメロの映画は、CGなんてない時代でしたけど、本当に怖かったです。思い出しながらこの作品を書きました。
ゾンビが怖いのは、「もとは人間だった」というところにあるんじゃないですかね。つまり、「ゾンビって人間なのかそうではないのか」という問いを突きつけられているところに恐怖の源泉があるんじゃないかと。
主人公の男性はゾンビになってしまってるんですが、銃撃されて自宅に逃げ帰り、明るいうちから布団に潜り込みます。このシーンは高齢者の悲哀を感じさせます。
実は小学生の頃に、『週刊少年ジャンプ』に連載されていた『ワースト』という漫画にハマりまして。作者は小室孝太郎さんです。手塚治虫と一緒に仕事をされた方で画風がよく似ています。世界中で降り続いた雨で人々が化け物になる。そして、その化け物に噛まれた人も化け物になるという、一種のゾンビものでした(もしかしたら、吸血鬼ものだったのかも)。大人になってから買い求めた3冊セットの単行本が手元にあります。これは死ぬまで捨てないでしょうね。
(完結)
掌編小説『死んでも生きる〜ある「高齢者」の一日〜』はこちらからお読みいただけます。まだの方はぜひ。
ウォーキングコースについては『神頼み【完全版】〜66歳の生き直し〜』の最初の方をお読みください。


