テレビよ、専門家を呼ぶのはもうやめろ!
この記事を読んであなたが得られるかもしれない利益:専門家のコメントがなぜ面白くなく、あなたの心を打たないのか。それは、時代の変化に単一の学問ジャンルでは対応できてないからだ。答えは「専門知」から「綜合知」にシフトすることだ。トップ画はhttps://00m.in/gXJZM
コメンテーターが気になる
先日のnoteで、「舞台に出ると、普段絶対に気づかないことに気がつく」と申しました。
最近気がつくのは、テレビのコメンテーターの発言です。
この間の自分のヘタレぶりを棚に上げて、こんなことが気になっています。
1.わかりにくい
例えば、今日のBSのニュース番組でコメンテーターが、「コーポレート・ガバナンス」について解説しているのですが、全くわかりませんでした。
僕だったら、「企業にとって都合が悪い出来事を防ぐ仕組み」とでもいうのですが。
要するに専門家は、自分のジャンルの言葉は、なまじ自分が当たり前にわかっているから、普通の人がわかるように説明できないのです。
2.質問に答えていない
同じくどこかのニュースショーで、アナウンサーが「アメリカ企業の取締役の男女比率はどのくらいでしょうか」とコメンテーターに聞いていました。
そうすると、「あのね、そんなのは企業の勝手で、男が全員でも、女が全員でもいい、黒人だけだっていいんだ!」などと、語気荒く持論を展開していました。
質問に答えてないどころか、なぜかブチ切れる始末。
こんな手合は珍しくありません。
3.問題解決がしょぼい
これも今日テレビで観た光景ですが、「トランプ関税に日本政府はどう対応したらいいでしょうか」というキャスターの質問に、コメンテーターは「やはり日本が関税を課されるべきでないということを、丁寧に米国に説明するしかないでしょう」、と答えたのです。
えー、そんなあたり前のことしか言えないの、そう思いました。
ミャンマーの地震でキャスターが「では、我々がミャンマーのためにできることはなんでしょう」と振ると、専門家は「まず、ミャンマーでこのような災害が起きているということを、皆さんが知ることです」との答え。
そんなありきたり事を言うぐらいだったら、「皆さん、祈りましょう!」と言って両手を合わせたほうがいいのに。
なぜ、専門家はダメなのか
もちろん、素晴らしくわかりやすい解説をして、説得力ある解決策を提示する専門家もいます。
しかし、視聴者の大事な時間を割くに値する、コメンテーターはごく少数だと思います。
その理由は、以下です。
1.そもそも、専門の話をわかりやすく話す訓練を受けてないし、その必要すら感じていない。
専門家は責任があると思うんです。自分の知識や見解をわかりやすく大衆に伝える、という。
だけれど、大学教授が典型ですが、自分の研究分野で学会等の小さな内輪のサークルでしか、発言、発表しない。
一般の人と交わらないから、彼/彼女の知見は象牙の塔で純粋培養された、クローズドなものになります。
専門家には「書を捨て街に出ろ」と言いたいですね。
2.いわゆる専門バカになっている
経済学者は経済しか勉強しない、経営学者もしかり、一生懸命一つの領域を極めようとすると、外が見えないし、専門以外の勉強する暇もない。
そして、そもそもが彼ら彼女らは、生来真面目で、遊びが足りません。
専門バカとは、専門は深いけれど、視野が狭い人のことです。
3.社会的責任を自覚してない
社会的責任とは、「知行合一」のことです。
知とは、専門知識。
行とは、行動。
知を極めようと道を踏み出したものは、それを行動、つまり社会に役立てるように動かなくてはならないのです。
それが僕の言う「専門家の義務、社会的使命」なんです。
しかし、現実トランプ関税も、フジテレビ改革も、ありきたりのことしか言えないって、社会に対しての責任感が弱いからなんじゃないか。
時代は「専門知」から「綜合知」へ
専門家のコメントが虚しく響くのは、僕だけでしょうか。
話の流れで、専門家ダメで行きますが、専門家が物足りないのは、社会が音を立てて変容しており、従来の一つの専門ジャンルの知見では解決も、いや、ヒントさえ得られないからではないでしょうか。
例えばトランプ。
みんな正面からトランプ・エコノミーなんて言っているのがおかしくてしょうがない。
noteにも何度も書きましたが、トランプは意図的に「嘘」つまり、でまかせ、不確か、いい加減なことをいっているに過ぎないのです。
それが分かれば、エコノミストや経済学者の「関税論」などという正論なんて意味がないでしょ。
自分の分野だけでなく、広い視野を持ってれば、これは気がつくはずです。
僕はだから、noteに書きかけの「プロファイリング」が、経済学を補えると考えるんです。
プロファイリングとは、特異なメンタリティを持ったいわゆる「サイコパス」にどう対峙するかを示す知見です。

ウクライナ戦争も、国際政治学だけでなく、地政学つまり国土の他国との位置関係を究明する学問の重要性が、いまクローズアップされています。
プーチンと彼が活躍したソ連の諜報機関KGBの関係、を解き明かすことが、紛争解決の手だてになるかもしれません。
世界の重大問題は、すべからくこうした「知の総合格闘技」的な、多様な知の集合体、いわば「綜合知」で戦わなくてはならないのです。
綜合知であり、総合知ではありません。下をご参照下さい。
ALSOK担当者によると、「総合」は、たんなる「とりまとめ」、すなわち複数の固体や事実の集合を意味し、静態的表現なのだそうだ。これに対し、「綜合」は対立する理想や理念を融合し、新しい時代の新しい理念をつくり出していく過程を表現する哲学用語で、動的概念をもつという。
専門家の話が面白くないのは、時代が変わったからなのです。
さあ、あなたも新しいご自身の「綜合知」で、世界を救うのです。
野呂 一郎
清和大学教授
