見出し画像

【ビジ哲】ニーチェ編 #18 変わった自分を、どう受け止めるか — 変容の先にあるもの

─ 変わった自分を、まだ自分だと思えずにいる。

■ 「前の自分と、今の自分が繋がらない」

あるマネージャーが、少し戸惑った様子でこう言った。

「この半年で、正直ずいぶん変わったと思うんです。前は絶対に無理って言えなかったし、部下の評価もいつも周りに合わせてました。でも、今の自分を見て、あれ、これ本当に自分なのかな、って思う瞬間があって」

変わろうとしてきた。 実際に変わった実感もある。

それなのに、変わった自分を、まだ自分のものとして受け止めきれない。 過去の自分と、今の自分。その二つを、どう一つの物語としてつなげればいいのだろう。

■ 対話:恵美と玲子

👩‍🎓 恵美「振り返ると、この#11からの数話で、私も結構変わった気がするんです。断ることも、弱さを認めることも、前より少しできるようになって。でも、変わった自分が、なんだかまだ他人みたいで」

👩‍🏫 玲子「その感覚、実はポール・リクールという哲学者が丁寧に扱ったテーマなの」

👩‍🎓 恵美「リクール……初めて聞く名前です」

👩‍🏫 玲子「20世紀フランスの哲学者。リクール的に言うと、人は自分自身を、一本の物語として理解する生き物なの。過去の自分と、今の自分がバラバラに存在しているんじゃなくて、『あのときの経験があったから、今の自分がいる』という物語として繋げることで、初めて自分を自分だと感じられる」

👩‍🎓 恵美「変わった自分を、物語として繋げる……」

👩‍🏫 玲子「そう。今の恵美が『他人みたい』に感じるのは、まだその物語がうまく繋がっていないから。断れなかった頃の自分を否定するんじゃなくて、『あの頃があったから、今こう変われた』という一つの流れとして見直すと、今の自分がもっと自分のものに感じられるはずよ」

👩‍🎓 恵美「過去を否定しなくていいんですね」

👩‍🏫 玲子「もう一人、この『変わり続けること』そのものについて語った人がいるわ。ニーチェ」

👩‍🎓 恵美「最初から、ずっと一緒にいましたね」

👩‍🏫 玲子「ニーチェ的に言うと、自己超克はゴールのある旅ではなく、続いていく過程そのものなの。『これで完成した』という終着点はない。今の変化も、次の変化への通過点にすぎない。だから、今の自分を『最終形』として無理に固定しようとしなくていいの」

👩‍🎓 恵美「まだ途中でいい、ってことですね。ちょっと安心しました」

■ リクール — 物語としての自己

リクールは、人間が自分自身を理解する方法として、「物語的自己同一性」という考え方を提示した。

私たちは、バラバラな出来事の集まりをそのまま自分だと感じることはできない。 過去の経験、今の選択、これからの目標——それらを一つの筋の通った物語として編み直すことで、初めて「これが自分だ」という感覚を持つことができる。

変わった自分に違和感を覚えるのは、多くの場合、過去の自分を切り離してしまっているからだ。 「あの頃はダメだった自分」と切り捨てるのではなく、「あの経験があったから、今の変化がある」という繋がりとして捉え直すこと。

それができたとき、変化は自分を裏切るものではなく、自分の物語を豊かにするものとして受け止められるようになる。

■ ニーチェ — 自己超克に終着点はない

ニーチェの自己超克は、目指すべき完成形に到達するための旅ではない。

自分を乗り越え続けること自体が、生きるということの本質だと、ニーチェは考えた。 つまり、「これで変わりきった」という終わりの地点は、そもそも存在しない。

だからこそ、変わった自分を「最終的な、完成した自分」として固定しようとする必要はない。 今の自分も、また次の変化への通過点にすぎない。

そう捉えることができれば、変わり続けることへの不安は、少しずつ軽くなっていく。

■ コンサルの現場で見てきたこと

大きく成長したメンバーほど、「これが本当に自分なのか」という違和感を口にすることがある。

これは、成長がうまくいっていない証拠ではなく、むしろ変化が本物である証拠であることが多い。

マネージャーにできるのは、その違和感を「おかしいこと」として扱うのではなく、「ここまでの歩みがあったから、今のあなたがいる」という物語として、一緒に振り返ってあげることだ。

過去の姿を否定せずに、今の姿へと繋げてあげること。 それが、変化を本人自身のものとして根づかせる支援になる。

■ マネージャーへの3つの問い

① 大きく変わったメンバーの過去の姿を、否定せずに、今への繋がりとして扱えているか。

② あなたのチームには、「まだ変化の途中でいい」という空気があるか。

③ あなた自身、今の自分を「最終形」だと決めつけて、変化を止めてしまっていないか。

■ まとめ

  • リクールは、人が自分自身を、バラバラな出来事ではなく一つの物語として理解する存在だと考えた

  • 変わった自分への違和感は、過去の自分を切り離してしまっていることから生まれることが多い

  • ニーチェの自己超克に、完成という終着点はない。今の変化も、次への通過点にすぎない

  • 過去を否定せず、「あの経験があったから今がある」という物語として繋げ直すことが、変化を自分のものにする

  • マネージャーの役割は、変化を評価することよりも、その物語を一緒に振り返り、繋げてあげること

■ 次回予告

👩‍🎓 恵美「変わった自分も、まだ途中の自分も、両方ちゃんと自分なんですね。なんだか、これまでの数ヶ月が、一つの話みたいに繋がった気がします」

👩‍🏫 玲子「いい振り返りができたわね。ここまでが、変容のフェーズ。次からは、いよいよ最終フェーズ——超克に入っていくわよ」

次回は ニーチェ編 #19「限界を超えるとは、どういうことか——超人という思想」

フェーズ4「超克」の幕開け。ニーチェの中心思想に、正面から向き合います。


■ ビジ哲からのお断り 「強くなる」「自分の価値観で動く」——
このシリーズで使うそんな言葉は、個人の努力だけで実現できるものではない場合があります。上司が空気を支配し、声を上げれば潰される——そんな構造そのものが個人の意志を阻む環境は、実際に存在します。
「畜群から抜け出せ」と言うことが、構造の問題を個人に押しつけることになってはいけない、と思っています。 ビジ哲は哲学研究ではなく、哲学をレンズとしてビジネスの現実を考えるコンテンツです。哲学の概念に触れることで、自分の仕事や組織を「少し違う角度から見る」きっかけになれば——それがビジ哲の目的です。
なお、本シリーズに登場する哲学者は、原典の再現ではなく、彼らの思想を借りて描いた翻案上の人物です。語られる言葉は、思想の応用ではなく、物語的解釈だとご理解ください。
ビジ哲は哲学研究ではない——それでも哲学をビジネスに持ち込む理由


いいなと思ったら応援しよう!

ビジ哲 Mick よろしければ応援お願いします!いただいたチップは書籍購入などに使わせていただきます!