【ビジ哲】フーコー編 #1 あなたの「常識」は誰が決めたのか?
あなたは今日、職場で「なぜ?」と聞きましたか?
会議のやり方、評価の基準、報告のフォーマット——それらがなぜそうなっているか、説明できますか?
このシリーズでは、哲学者フーコーの「エピステーメー」という概念を使って、ビジネスパーソンが無意識に従っている「思考の枠組み」を全24回にわたって掘り起こしていきます。
👩🏫 玲子 「ねえ恵美、うちの会社の月次報告って、毎回あのフォーマットで出すじゃない。あれ、なんであの形式なんだと思う?」
👩🎓 恵美 「えっ……昔からそうだからじゃないですか?上の人がそれで慣れてるから、とか」
👩🏫 玲子 「じゃあ聞くけど、なぜ『慣れてるから』でいいと思うの?」
👩🎓 恵美 「……それは、そのほうがスムーズだから、ですかね」
👩🏫 玲子 「うん。でも、それって本当に『正しいから』じゃなくて、『そういうものだから』という理由だよね。あなたは今日まで、その区別を考えたことがあった?」
「当たり前」の下には何があるか
私たちは毎日、無数の「当たり前」の中で仕事をしている。
朝イチで日報を書く
会議では資料を事前配布する
承認は上長から取る
KPIで進捗を管理する
失敗したら振り返りをする
これらに疑問を持つことは、ほとんどない。なぜなら、「そういうものだから」だ。
しかし、少し立ち止まって考えてほしい。
なぜ、そう決まっているのか。 誰が決めたのか。 いつから、そうなのか。
こう問われると、多くのビジネスパーソンは言葉に詰まる。「昔からそうだから」「上がそう言っているから」「業界の常識だから」——そういった答えが返ってくる。
それは決して恥ずかしいことではない。むしろ、その「詰まり」こそが、今回のシリーズで考えたいことの出発点だ。
フーコーという哲学者が見ていたもの
ミシェル・フーコーは、20世紀フランスを代表する哲学者だ。彼が一貫して問い続けたのは、「私たちはなぜ、ある時代に、ある特定のことを『正しい』と思うのか」ということだった。
フーコーは、私たちの「正しさ」の感覚は、実は時代や社会によって形成されたものだと考えた。つまり、「真実」や「正解」と思っているものは、絶対的な基準から生まれているのではなく、その時代特有の知の枠組みの中で生まれている、ということだ。
この「時代ごとの知の枠組み」のことを、フーコーはエピステーメーと呼んだ。
エピステーメーとは何か
「エピステーメー(épistémè)」とは、もともとギリシャ語で「知識」を意味する言葉だ。しかしフーコーが使う場合、その意味はもっと深い。
フーコーのいうエピステーメーとは、ある時代の人々が「考えること」や「知ること」の土台となっている、見えない枠組みのことだ。
たとえば、魚が水の中にいるとき、魚は「水の中にいる」と意識していない。水は、泳ぐための「前提」であって、考えの対象にすらなっていない。
エピステーメーはこの「水」に似ている。私たちが何かを考えるとき、その考えを支えている地盤そのものだ。だから、普段は意識されない。
重要なのは、この地盤は時代によって変わるということだ。中世ヨーロッパの人と、現代日本のビジネスパーソンでは、「正しい」と感じる基準が根本的に異なる。神の意志が絶対だった時代、数字と効率が正義の時代——それぞれに、別のエピステーメーが働いている。
「ビジネスの常識」もエピステーメーである
ここで、最初の話に戻ろう。
あの月次報告のフォーマット。KPIによる管理。承認フロー。これらはすべて、「ビジネスにおける正しいやり方」として多くの人が信じている。しかし、フーコーの視点から見れば、これらは現代のビジネスというエピステーメーの中で「正しい」とされているだけだ。
50年前の企業には、KPIという概念すら存在しなかった。100年後の職場では、現在の「承認フロー」は時代遅れの笑い話になっているかもしれない。
つまり、私たちが「正しい」と信じているビジネスの常識は、実は「今この時代の、この業界の、この会社の枠組みの中での正解」に過ぎない可能性がある。
「問う」ことがなぜ難しいのか
👩🎓 恵美 「でも玲子さん、たとえそれが枠組みだとしても、仕事ではそのルールに従うしかないじゃないですか。問うたところで、何も変わらないし」
👩🏫 玲子 「そうね。問うだけでは何も変わらないかもしれない。でも、問うことができる人と、問うことすら思いつかない人では、見えている景色が全然違う。」
👩🎓 恵美 「景色、ですか」
👩🏫 玲子 「『なぜこのルールがあるのか』を理解しているリーダーは、状況が変わったときに柔軟に対応できる。でも、ルールを『空気』として吸っているだけの人は、状況が変わっても気づけない。問いを持てるかどうかが、その差をつくるの。」
フーコーが問い続けたのも、同じことだ。「なぜそうなっているのか」という問いを持てる人間と、そうでない人間では、世界の読み方が根本的に異なる。
チームリーダーにとって、これは切実な問題だ。市場が変化し、テクノロジーが変わり、メンバーの価値観が多様化する今、昨日の「正解」が明日の「失敗」になることは珍しくない。そのとき、自分の思考の地盤を問い直せるかどうかが、適応と硬直の分かれ目になる。
「気づき」は恐怖ではなく、武器になる
エピステーメーという概念を知ったとき、最初は「自分が信じてきたことが揺らぐ」という不安を感じるかもしれない。
しかし、フーコーはそれを「虚無」として提示したのではない。むしろ逆だ。「自分の思考の枠組みに気づく」ことは、その枠組みを意識的に使いこなせるようになるということだ。
水の中にいる魚が「水とは何か」を知った瞬間、その魚は水を泳ぐだけでなく、水を理解した上で動けるようになる。
「なぜそう決まっているのか」と問えるリーダーは、ルールを盲目的に守るのではなく、ルールの目的を理解した上で、必要なときに変えることができる。それは、組織の硬直を防ぎ、チームに新しい可能性を開く力だ。
このシリーズで考えること
このシリーズ「フーコー編」では、全24回にわたって、ビジネスの現場にひそむエピステーメーを一つひとつ掘り起こしていく。
扱うテーマは、会議のルール、評価制度、リーダーシップの定義、組織の権力構造、そして私たち自身の「当たり前」だ。
毎回、「なぜそうなっているのか」という問いを出発点にしながら、別の見方・考え方があることを示したい。目的は、あなたの「常識」を壊すことではない。あなたの「常識」がどんな地盤の上に立っているかを、あなた自身が知れるようにすることだ。
👩🏫 玲子 「最後にひとつだけ聞かせて。あなたが今日まで『これが正しい』と信じてきたこと、仕事で一番大切にしてきたこと——それは、誰から来てる?」
👩🎓 恵美 「……自分から、じゃないんですかね。いや、でも上司から学んで、研修を受けて……なんか、どこから来てるかわからなくなってきました」
👩🏫 玲子 「その『わからなくなった感覚』が、スタートラインよ。」
次回(#2)は、「会議で空気を読む——その『空気』は誰が作ったのか」を考える。
組織にただよう「空気」の正体と、それがどのように私たちの判断を縛っているかを見ていこう。
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