【ビジ哲】フーコー編 #2 あなたの会社の「空気」は、誰が作ったのか?
あなたは今日、会議で本音を言えましたか? 言いたいことがあったのに、なぜか口をつぐんだ瞬間はありませんでしたか? 今回は、職場にただよう「空気」の正体を、フーコーの視点から解剖します。
👩🏫 玲子 「恵美、先週の定例会議で、あなた途中から黙ってたでしょう。何か言いたそうだったけど」
👩🎓 恵美 「……あ、気づいてましたか。あの場では言いにくくて」
👩🏫 玲子 「なぜ?」
👩🎓 恵美 「なんとなく、あの雰囲気で反論するのは……空気を読めてないというか」
👩🏫 玲子 「その『空気』って、何だと思う?」
👩🎓 恵美 「えっと……その場の雰囲気、とか?」
👩🏫 玲子 「じゃあ、誰が作ったの?」
「空気を読む」という、不思議な能力
日本の職場でよく聞く言葉がある。「空気を読む」だ。
会議で反論しない。上司の前では意見を抑える。場の雰囲気に合わせて発言を変える——これらはすべて、「空気を読む」行動だ。
そしてこの能力は、多くの職場で「できて当然」とされている。「空気が読めない人」は、仕事ができないと見なされることすらある。
しかし、少し立ち止まってほしい。
「空気」とは何か。誰が作ったのか。なぜ、それに従わなければならないのか。
前回紹介したフーコーのエピステーメー、つまり「時代や組織が共有する、見えない知の枠組み」という概念で考えると、この「空気」の正体が見えてくる。
「空気」はエピステーメーの縮図である
組織の「空気」とは、その組織固有のエピステーメーだ。
たとえば、こんな「空気」は職場によく存在する。
会議では上の人が話し終わるまで口をはさまない
残業している上司より先に帰ってはいけない
失敗は個人の責任として処理する
新しい提案は「前例がない」という理由で却下される
これらは、明文化されたルールではない。就業規則にも書いていない。しかし、多くのメンバーが無意識に従っている。なぜなら、それが「この組織の当たり前」だからだ。
フーコーはこう問うただろう。——その「当たり前」は、本当に正しいのか。それとも、単に「そういうものとして成立してしまっている」だけではないか。
「空気」はどうやって生まれるのか
組織の空気は、最初から存在したわけではない。どこかの時点で、誰かの行動や言葉が「規範」として定着した結果だ。
たとえば、ある会社で強いリーダーシップを持つ創業者が「報告は数字で話せ」と徹底した。それが文化となり、10年後には「数字なき発言は信頼されない」という空気が組織全体に広がった。
創業者はとっくに退任しているかもしれない。しかし、空気は残る。
フーコーはこれを「言説(ディスクール)」と呼んだ。言説とは、単なる言葉ではなく、ある集団の中で「真実として通用するもの」を決める力のことだ。「数字で話せ」という言説が繰り返されることで、それは組織の真実になる。
そして重要なのは、言説には必ず「誰かの利益」が絡んでいるということだ。
「残業している上司より先に帰るな」という空気は、誰の利益になるか。長時間働くことで評価される側の人間にとって、その空気は都合がいい。
「新しい提案は前例を示せ」という空気は、誰の利益になるか。現状を維持したい側にとって、それは変化を抑える装置になる。
空気は中立ではない。それは、ある種の権力関係を反映している。
チームリーダーが「空気」に気づかないとどうなるか
👩🎓 恵美 「でも玲子さん、空気って、ある程度は必要じゃないですか?全員が好き勝手に発言したら、会議がまとまらないし」
👩🏫 玲子 「そうね。秩序は必要よ。でも、今あなたが言った『まとまる』って、何のためにまとまるの?」
👩🎓 恵美 「……良い意思決定のため、ですかね」
👩🏫 玲子 「じゃあ、黙っていた恵美の意見は、その意思決定に必要なかった?」
👩🎓 恵美 「……それは」
👩🏫 玲子 「空気がまとめているのは、意見じゃなくて『沈黙』かもしれない。それはリーダーにとって、一番怖いことよ」
チームリーダーが「空気」に無自覚でいると、二つの問題が起きる。
一つ目は、情報の損失だ。組織の空気が「反論はNG」であれば、問題を知っているメンバーが黙る。リーダーは「順調だ」と思っているが、現場では火がくすぶっている——これは珍しくない失敗のパターンだ。
二つ目は、思考の均質化だ。空気に従うことが習慣化すると、メンバーは「空気に合う意見」しか出さなくなる。チームの多様な視点が失われ、似たような結論しか生まれなくなる。
フーコーの言葉を借りれば、空気は「正常」と「逸脱」を分ける線を引く。その線の内側にいることが評価され、外側に出ることが抑圧される。これが続くと、チームは硬直する。
「空気を読む」から「空気を問う」へ
では、どうすればいいのか。
フーコーが提示したのは「空気を壊せ」ではない。空気の存在に気づき、その来歴を問うことだ。
チームリーダーとして、こんな問いを持つことから始められる。
「この会議で、誰が黙っているか」 黙っているメンバーがいるとき、それは「言うことがない」のではなく、「言える空気がない」かもしれない。
「うちのチームの『当たり前』は、いつから始まったのか」 前例として語られるルールの多くは、特定の時代・特定の人物の産物だ。状況が変わったなら、そのルールも変わってよい。
「この場で歓迎されている意見の種類は何か」 賛成・提案・数値報告——逆に言えば、異議・感情・不確実性は抑制されていないか。
これらの問いは、空気を否定することではない。空気を意識的に選択することだ。どんな空気を作るかを、リーダーが意図的に決める。それが、チームを変える第一歩になる。
「空気」を作るのも、リーダーである
フーコーの視点から見れば、組織の空気は誰かが意図的に、あるいは無意識に作り出したものだ。ならば、それを作り直すこともできる。
「この場では、反論を歓迎する」 「失敗を報告したメンバーを評価する」 「わからないと言える空気を意識的に作る」
これらはすべて、リーダーの言動によって形成できる。
恵美が会議で黙ったのは、彼女の問題ではないかもしれない。その場の空気が、黙ることを正解にしていたのだ。そしてその空気を作っていたのは、リーダーかもしれない。
「空気を読む人」ではなく、「空気を問える人」がチームには必要だ。 そして、「空気を作る人」こそが、リーダーの本質的な役割の一つだ。
👩🏫 玲子 「恵美、次の会議で試してみて。自分が黙りそうになったとき、なぜ黙るのかを、心の中で一度だけ問いかけてみて」
👩🎓 恵美 「『なぜ黙るのか』、ですか」
👩🏫 玲子 「そう。空気に従っているのか、本当にそれが正しいと思っているのか。その区別が持てるようになるだけで、会議は変わる」
👩🎓 恵美 「……やってみます。でも、もし言って浮いたら?」
👩🏫 玲子 「それこそが、空気の正体よ。浮くことへの恐怖が、空気を守っているの」
次回(#3)は、「『優秀な人材』の定義は時代によって変わる」を考える。
あなたの会社が「できる人」と呼ぶのは、本当に「できる人」なのか。評価基準そのものをエピステーメーで問い直す。
このシリーズは全24回無料、最終回(#25)は有料まとめとして公開予定です。
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