【ビジ哲】ニーチェ編 #20 正しさは、誰が決めるのか — 価値の創造という仕事
── 「正しさ」は、どこかに落ちているものではなく、作るものだ。
■ 「うちの部署の当たり前」が、崩れた話

ある部署で、こんな出来事があった。
「長年、うちは『とにかく残業してでも品質を守る』のが正しいことだとされてきたんです。でも新しく来たメンバーに『それ、本当に正しいんですか』と聞かれて、答えに詰まってしまって」
長年当たり前とされてきた「正しさ」は、誰かが明確に決めたものではなく、いつのまにかそこにあったものだった。
でも、それが本当に正しいのかを問い直されたとき、私たちはその「正しさ」を、自分の言葉で説明できるだろうか。
■ 対話:恵美と玲子

👩🎓 恵美「前回、超人の話で『自分の内側から価値観を作る』っていうのがありましたけど、じゃあチームやプロジェクトの『正しさ』って、一体誰が決めるものなんですか」
👩🏫 玲子「いい質問ね。実はこれ、二つの全く違うアプローチがあるの。一つはニーチェの続き、もう一つはジョン・ロールズという哲学者の考え方」
👩🎓 恵美「ロールズ……初めて聞く名前です」
👩🏫 玲子「20世紀アメリカの哲学者。ロールズ的に言うと、公正なルールを作るには、こう考えるといい。もし自分が、これから作るルールの中で、どんな立場になるか全くわからないとしたら——新人になるかもしれないし、管理職になるかもしれない——その状態で、それでも納得できるルールを作る。彼はこれを『無知のヴェール』と呼んだの」
👩🎓 恵美「自分がどの立場になるかわからない前提で考える、ってことですか」
👩🏫 玲子「そう。自分に都合のいいルールを作れなくなるから、結果的に、誰にとっても公正なルールに近づく、という考え方ね。さっきの『残業してでも品質を守る』というルールも、もし自分が新人だったら、それでも納得できるか、って考え直してみると、見え方が変わってくるかもしれない」
👩🎓 恵美「なるほど……。じゃあ、ニーチェの『自分で価値を作る』っていう話とは、どう違うんですか」
👩🏫 玲子「ニーチェ的に言うと、価値を作るのは、あくまで一人ひとりの内側からの創造。ロールズは、みんなが納得できるルールを、対話を通して作っていく考え方。個人としての価値観をどう自分の中に作るか、というのがニーチェの視点。チームや組織としての公正なルールを、どう一緒に作るか、というのがロールズの視点。実はこの二つ、両方必要なの」
👩🎓 恵美「自分の価値観を持つことと、みんなで公正なルールを作ることは、別の仕事なんですね」
■ ニーチェ——価値は与えられるものではなく、創造するもの
ニーチェは、既存の道徳や慣習をそのまま受け入れることに強い警戒感を持っていた。
「昔からそうだから」「みんなそうしているから」という理由だけで正しさを判断することは、自分自身で考える力を手放すことに繋がる。
ニーチェが求めたのは、既存の価値観を鵜呑みにするのではなく、自分自身の内側から、新しい価値観を作り出す力だった。
これは、組織の中の「当たり前」を疑い直す個人の姿勢に通じる。 「これまでそうだったから」という理由だけで受け入れてきたルールを、自分の言葉で問い直してみること。
■ ロールズ——無知のヴェールと、公正なルールの作り方
ロールズは、公正なルールを作るための思考実験として、「無知のヴェール」という考え方を提示した。
自分がこれから作るルールの中で、どんな立場に置かれるか——新人か、ベテランか、管理職か——を一切知らないと仮定する。 その状態でも納得できるルールこそが、真に公正なルールだとロールズは考えた。
これは、個人の内側からの価値創造とは異なり、複数の立場の人間が対話を通じて共有できるルールを作っていくためのアプローチだ。
「もし自分が新人だったら、このルールに納得できるか」 「もし自分が管理職でなかったら、このルールを受け入れられるか」
そう問い直すことは、組織のルールを見直す上で、実践的な視点になる。
■ コンサルの現場で見てきたこと

「うちの当たり前」を問い直されて答えに詰まる組織は、実は少なくない。
多くの場合、そのルールは誰かが悪意を持って作ったものではなく、長年の慣習の積み重ねの結果、誰も疑問を持たなくなっているだけだ。
ここで必要なのは、二つの視点を使い分けることだ。 一人ひとりが「自分は何を大事にしたいか」を内側から問い直すニーチェ的な視点と、「このルールは、立場を問わず納得できるものか」を確認するロールズ的な視点。
前者だけでは組織はバラバラになり、後者だけでは個人の内発的な意欲が育たない。 両方を行き来しながら、組織の「正しさ」を、その都度アップデートしていく必要がある。
■ マネージャーへの3つの問い
① チームの「当たり前」のルールを、最後に見直したのはいつか。
② そのルールは、立場の違うメンバー全員が、それでも納得できるものか。
③ あなた自身、既存のルールに疑問を持ったとき、それを言葉にして問い直す機会を作れているか。
■ まとめ
ニーチェは、既存の価値観を鵜呑みにせず、自分自身の内側から新しい価値を創造する力を重視した
ロールズは、自分がどんな立場になるかわからないという前提(無知のヴェール)で考えることで、公正なルールに近づけると考えた
「自分は何を大事にしたいか」という個人の価値創造と、「立場を問わず納得できるか」という組織のルール作りは、別の仕事である
長年の「当たり前」は、誰かが悪意で作ったものではなく、疑問を持たれないまま積み重なっただけであることが多い
組織の「正しさ」は、個人の価値創造と、みんなが納得できるルール作りを行き来しながら、その都度アップデートしていくものだ
■ 次回予告
👩🎓 恵美「正しさって、探すものじゃなくて、作り続けるものなんですね。ちょっと、責任重大な気がします」
👩🏫 玲子「その責任を引き受けられるようになったことが、ここまでの成長の証よ。次は、その価値観を、実際に周りにどう伝えていくかについて考えましょうか」
次回は ニーチェ編 #21「価値観は、押しつけられるものか——対話としてのリーダーシップ」。
フェーズ4「超克」続編。自分の価値観を、他者にどう伝えるかを考えます。
■ ビジ哲からのお断り 「強くなる」「自分の価値観で動く」——
このシリーズで使うそんな言葉は、個人の努力だけで実現できるものではない場合があります。上司が空気を支配し、声を上げれば潰される——そんな構造そのものが個人の意志を阻む環境は、実際に存在します。
「畜群から抜け出せ」と言うことが、構造の問題を個人に押しつけることになってはいけない、と思っています。 ビジ哲は哲学研究ではなく、哲学をレンズとしてビジネスの現実を考えるコンテンツです。哲学の概念に触れることで、自分の仕事や組織を「少し違う角度から見る」きっかけになれば——それがビジ哲の目的です。
なお、本シリーズに登場する哲学者は、原典の再現ではなく、彼らの思想を借りて描いた翻案上の人物です。語られる言葉は、思想の応用ではなく、物語的解釈だとご理解ください。
→ ビジ哲は哲学研究ではない——それでも哲学をビジネスに持ち込む理由
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします!いただいたチップは書籍購入などに使わせていただきます!