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《超適当雑記130》2025年8月8日(金)【(去年の9月に)北海道旅行に行ってきた/旅行日誌⑤/最終回】

〚6424文字〛
おはようございます。入谷です。 
まずは感謝ご報告からお伝えします。前回までの記事について、マガジンにてご紹介していただいた方々へお礼申し上げたいと思います。


■感謝とご報告〚469文字〛

空蝉さま

momoさま

メルト&クリエイトさま

ペリンさま

小松 亜津人 さま

天命を授かりし者【チャメ(聖明)】〜明鏡止水と共に〜 さま

の、6名の皆様からは以下の記事、

について、
マガジンへ追加していただきました。
取り上げてくださり、いつも感謝しております。皆様のご好意がとても励みになっております。どうもありがとうございます!

※ ※ ※ ※ ※  

りこ@一生養生さま

から以下の記事、

について、マガジンに追加していただきました。札幌の街は車で走ると意外に難しい場所でしたね。思っていたより人口密度が高く、
新たな発見がたくさんありました。
いつも取り上げてくださり、ありがとうございます大変感謝です。どうぞ、今後とも宜しくお願い申し上げます。

※ ※ ※ ※ ※

コツコツさま

から以下の記事、

について、マガジンに追加していただきました。NOTEを始めて間もない頃に書いた記事ですが、友達みたいな雰囲気の先生は初めてで、とても懐かしい思い出ですね。 
いつも取り上げてくださり、ありがとうございます大変感謝です。どうぞ、今後とも宜しくお願い申し上げます。

※ ※ ※ ※ ※

※ ※ ※ ※ ※

しばらく間が空いてしまいましたが、北海道の旅行日誌を記していきたいと思います。 

前回記事はこちら ↓ ↓ ↓

さて今回で最終回
皆様今までお付き合いくださいまして、どうもありがとうございます

7日目は、旅行中滞在していた苫小牧をいよいよ離れ、小樽を観光をした後、小樽の港から新潟へフェリーで向かいます。約18時間の船旅で疲れを癒しながら、撮った画像の編集などをしました (昨年9月当時)。
最終日8日目は新潟から高速を走らせ、かつて住んでいた埼玉に立ち寄り、友人や、別に暮らす娘たちと会い、千葉の自宅へ帰還する流れとなります。

■旅行の予定と経路(太字参照)

―――
1日目/9月10日(火)
・自宅千葉→茨城大洗→フェリー船中泊
2日目/9月11日(水)
・北海道苫小牧→富良野宿泊
3日目/9月12日(木) 
・富良野→美瑛町→麓郷→苫小牧宿泊
4日目/9月13日(金)
・苫小牧→札幌→苫小牧宿泊
5日目/9月14日(土) 
・苫小牧→函館宿泊
6日目/9月15日(日)
・函館→(室蘭)→苫小牧宿泊
7日目/9月16日(月)  
・苫小牧→小樽→フェリー船中泊
8日目/9月17日(火)
・新潟→埼玉浦和の友人と会う/家族に会う→自宅千葉に浦安帰還
―――

■7日目/9月16日(月)〚2671文字〛

3日目、4日目、6日目と苫小牧の同じホテルに宿泊したのは、北海道が初めてで、どこを拠点にして良いのか分からないので、とりあえずフェリー埠頭があるこの街が最も良いのでは、と考えたからです。
そもそもこれは弾丸旅行一人旅
ホテルより先にフェリーの復路チケットを取るところから始まったのですが、なんと当初帰る予定だった9月16日は、
苫小牧から大洗のフェリーが休航、翌17日は満杯で予約が取れず、考えた末、小樽から新潟に行こうではないかとの思い付きで、旅の日程がどんどん伸びていきました。

なので本来小樽観光は考えておらず、本当に偶然としか思えない理由で、本日の核となる感動的な体験をすることになりました。

苫小牧を出たのは朝8時半頃。
朝食はサンドイッチと水
毎度代わり映えしないホテルの朝食バイキング最後となると、なぜか名残惜しいものですね。

チェックアウトし、もう乗り慣れた(最初は間違えた)沼ノ端西から高速に乗り、苫小牧東ICから北海道縦貫自動車道小樽に向けてひたすら走ります。
初めて来たはずの北海道なのに、なぜか懐かしいと思えてしまう。車窓の景色が心を揺らします。
ああ、これが心の洗濯なんだ。
本当に来てよかった。
を感じようと窓を開けます。クスサンやらバッタやらよくわからない虫が大量飛んできたので窓を閉めます。

1時間半ほど走ると、太陽を浴びて青々ときらめく日本海の海が見え、入り組んだ山の中に入ったと思ったら、小樽の港や街が眼前に見えてきました。
小樽銭函ICで高速を降ります。

ここでガソリンがかつてない減少していたので給油したのですが、スタンドの店員さんがとても良い人で、僕が千葉からの旅行者だと分かると、車の汚れを隅々まできれいに磨き上げてくれました。感謝

小樽の街にはやはりインバウンドの外国人観光客の方々がたくさんいました。
予定に入っていなかった小樽。コンビニの駐車場でファミチキなどを食べながら、フェリー乗船の夕方16時までの半日、どう過ごそうかスマホで観光スポットを検索します。

とは言え、小樽と言えば、小樽運河のレンガ倉庫でしょってことで、車を港の時間貸し駐車場に預けると、早速徒歩で向かいます。

・小樽運河とレンガ倉庫

ここが小樽運河の始まりの場所だそうです
周辺には赤レンガの歴史と趣のある建物が所々に並んでいます
運河の入り口/奥には小樽の港
反対側、運河の上流に向かって歩きます
良さげな建物なので2枚撮りました
時間があればこのボートに乗って運河下りも楽しみたかったですね
人を避けながらゆっくり歩いているので同じ写真が連続するかもしれません
かつては積荷のために、ここに船が横付けされていたのでしょう
赤いレンガと緑の蔦が時の流れを感じさせます
よく見ると口から緑色のものを出しているようにも見えますね
小樽も室蘭と同様に海運業の街なので北海道開拓のために集められた様々な人々の人生がそこにはあったのでしょう
このスマホってスタンプ機能がないんですよね
プライバシー保護のため、人の顔を隠すと黄色い布を被った不思議な集団になってしまいます

美術館とその横におしゃれなカフェがあったのですが、何ということか、写真が消えていました・・・。

※ ※ ※ ※ ※
お昼過ぎ。
小樽運河から小樽の港の方を散策していると青の洞窟という看板が目に入りました。
青の洞窟と言うと沖縄のあれか、イタリアの あれか、そのどちらかを思い浮かべるのですが、どうやら小樽から余市にかけての日本海側には、海側からでないと入れない小さな洞窟があって、そこが青の洞窟という観光スポットであるらしいのです。
海側からしか入れないので、看板の下にはクルーズ船申し込み所があり、それを見た時にどうしても参加しなくては!という衝動に駆られ、当日でも大丈夫ですか?と、気が付いたらカウンターで申し込んでいました。

午後の便で空いていたのは、13時30分出発のクルーズ船。時間にはまだ 余裕がありましたので、近くの港を散策しながら写真を撮りました。

・小樽の港

もうすでにここが青い
漁船が見えます
奥にかすかに見える山の稜線の合間に青の洞窟があるそうです
屋形船
釣り人がいますね
洞窟が待ち遠しいです

クルーズ船というか、モーターボートに乗船する少し前の時間になると点呼を取り、説明を聞いて、乗り場へ移動。乗り場には前の便から帰ってきた人たちがぞろぞろと降りてきており、その前に停泊していたモーターボートに乗るよう指示されます。
所要時間は約1時間半ほど。往復観光合わせてそれぐらいになるという話でした。 
風が強すぎると運休になると聞いていたのですが、なんとか出発ができました。
運が良かったです。

・青の洞窟

これが自然の神秘
中央のところだけプライベートビーチみたい
何をどうしたらこういう形になったのか
岩すごい
自分たちより少し前に出発した便の船が前を走っております
もうすでに海が青い
ここをくぐれるのか
風と波で船がめちゃくちゃ揺れます
洞窟内部 やはり揺れはすごい
でも景色もすごかった
うまく写真が撮れなかったのでアップしたのは数枚ですが、本当は50枚くらい撮りました
ましなのを選んだつもりです
いろんな言語での皆の歓声が上がります
洞窟内部は飛沫も結構ありました
何か異世界に行ってしまいそうな感じ

1時間半の感動的な船旅を終えるともうすでにフェリーの受付時間が迫っていました。 
フェリーは受付をしてから普通車レーンに並んで出航までの1時間前後は、運転手のみ待機していなければなりません。
疲れていたので寝てしまいました。

・小樽港フェリー埠頭

だんだん曇ってまいりましたが、フェリーに乗る人は結構いました
新日本海フェリー小樽発新潟行/あざれあ 
アザレアと言うとあの曲を思い出します
僕の細かいところが先ほどまで観光していた場所
3番レーンの最終位置に車を停車
ようやくフェリーに乗りました
出航
切なさと感無量が同時にやってきます
今回はかなり奮発して良い客室を選びました
ベランダもあり、優雅な船旅ができそうです

夕食は何を食べようかフェリーのレストランを見て回りますが、どの時間帯も店内がいっぱいで待っている間に夜の8時に。
いつものことですね。
ようやく入れた時には函館や新潟の名産品を扱った料理皆売り切れで、なぜか富山風?醤油生姜ブラックラーメンを食べることになりました・・。 
それでは腹が膨れないので、売店でスナックやアイスと炭酸を買って客室でのんびり過ごすことにしました。
客室に戻った急激な眠気に襲われ、ベッドに倒れ込むように寝ていました。

■8日目/9月17日(火)〚2578文字〛

目を覚ましたのは朝5時前。カーテンを開けてベランダに出ると、清々しい朝焼けが見えてきました。
髭を剃って顔を洗い、シャワーを浴びて、歯を磨いて、再びベランダへ。   
昨日買った溶けてダルダルになったアイスを飲みながら素晴らしい朝の日本海の景色を眺めていました。

・日本海の朝焼け

もうすぐ日の出です
まだ出ません
少しずつ東の空が明るくなってきました
奇妙なうろこ雲が、
やがて黄金色に輝くとともに、その奥には光芒
今日は帰るだけですが旅行最終日が始まります
日の出
山形の鶴岡あたりでしょうか
雲間から落ちる水面を照らす光に意図せず言葉が漏れます
ああいうところに天国があるのかと思うくらい
新潟港に着きました

※ ※ ※ ※ ※

・新潟から埼玉/埼玉から千葉への帰路

朝9時ちょうどに新潟へ入港すると、車に移動し待機するようアナウンスが流れます。
土産物や荷物を持って、6階から3階の駐車スペースへ向かうも、どこに停めたのかドわすれしてしまい、自分がレーンの最後尾であったので先に車を出さなければいけないことだけは頭にあって、焦って車を探します。
停泊して、さあ下船しましょうというギリギリのところで車を発見。 
 
※ ※ ※ ※ ※  

新潟港出て、燕三条から高速で埼玉に向かいます。何度も通っている関越道ですが、やはり疲れが溜まっていたのか、所々休憩しながら向かっているうち、約束の時間が迫ってきました。

予定にはなかった日程ですが、昼過ぎに埼玉の友人に会い、夜には、別に住んでいる子供たちと会うことになっています。 
  
友人というのは前の職場の同僚で、今は自宅で仕事をする個人事業主。
旅行中、土産物を郵送する際、帰りのルートで埼玉を通ると話したら、会おうということになり、彼の家で会って3時間ほど積もる話をしました。
数日前に北海道から名物の海鮮漬け珍味各種、地酒を送りましたが、僕が帰ってから家に届いたそうです。 

※ ※ ※ ※ ※

それから夜になり、元住んでいた家の近くの飲食店へ移動。すで次女三女が待っていて、後から長女が来ました。寿司が食べたいと言うので、彼女たちの希望の店にしました。 
誠に不甲斐ない限りですが、
今、自分が父親としてやってやれることは、こういう機会に話を聞いて、存分に食べたいものを食べさせてあげ、多少の小遣いをやることくらいしかできません。 
年頃だというのに父親を毛嫌いせず、毎回会ってくれる子供たちには感謝しかありませんが、親の都合不自由させて申し訳ないと繰り言のような謝罪をするたび、
 
「パパ、前から仕事で家にいなかったから今とあんま変わんないよ」 

と、笑われ、呆れとも気遣いとも両方の意味に取れる回答が返ってきて、何とも複雑な気持ちになるばかりです。

埼玉に住んでいたのは2011年から21年のまでの10年間 。先方の勧めもあり、義両親義理の兄夫婦甥っ子姪っ子の住むマンションのワンフロアの一室に移り住みました。
横並び3世代同居の生活はとても楽しく有意義で、本当にお世話になることばかりだったし、皆に助けられてもきました。
父親亡き後の母親との2人暮らし、友達とのルームシェアなど、少人数での生活しか知らなかった僕にとって、突然家族が11人になったことはある意味感動的な日々でした。
しかし残念ながら、僕の転職後の転勤、出向回数の多さや、持病の問題、コロナワクチンの問題、元妻の不倫など色々とやむにやまれぬ事情があり、今の期間は別々に暮らしております。
調停の取り決めで親権者である元妻の全面的な合意が得られ、子供たちとの面会には制限がありません。彼女たちが話したい時にズームで話したり、仕事の関係からこのような平日の夜であっても、定期的に会ってはドライブや買い物、食事をするなどの交流が続いています。 
 
※ ※ ※ ※ ※

2025年8月現在、長女が、自分の住む街の高校へ進学したことをきっかけに一緒に住むようになりました。
会社では、長女のことや持病ことも考慮され、たまに出張がありますが、勤務形態も出社とテレワークに固定されました。
元妻との復縁の話も段階的に進んでいるという状況でございます。   

子供たちのこと、元妻との出会いから結婚、出産と子育て、義両親たちとの同居、そして別居に至るまでの経緯については、今後、別の記事に書くかもしれません。

僕がノートを始めた2021年、実は最初に投稿してすぐに消した記事があります。
それがこの結婚生活に関する記事です。
あの頃はまだ葛藤が強く、活字にすることの辛さがありました。
今まで何度も子供や元妻、義理の家族たちのことを記事にしようと書いては消し、書いては消し、を繰り返してきました。でも、いろんな感情が交錯して、読み返すことも困難だったんですね。

でも今は清々しいほどに気持ちの整理が付いています。

旅行最終日に子供たちと食事をした後、迎えに来た元妻と話しました。
不思議なことにそれがきっかけで、元の鞘に戻るという関係修復の流れに至ったのです。

旅行で出会った数々の景色や体験は本当に素晴らしかった。この日の青の洞窟のクルーズも感動的だったし、旅行中通して食べたコンビニ飯でさえ、美味しかったと思えます。
でも本当の感動は、最後の最後に、長年誰にも打ち明けられず、心にしまっていた問題が解決に向かっていったこと。

もし休みがこの時期に取れなかったら、 
もし出発する日がずれていたら、もし、疲れて体調が悪くなり、誰にも会わず千葉へ帰っていたとしたらこうはならなかった。
もし苫小牧→大洗の復路チケットが取れていたら、そもそも埼玉などに寄らなかったでしょう。

そう考えると偶然。いや、必然的天の計らいとさえ思えるほど、奇跡に近かったのだと思います。

旅行に行けて良かった。

突発的に始まった思い付きの1人旅で色んな場所を巡り、最後子供や元妻に対する思いで締め括られた今回の旅。
旅は自分を見つめる時間とも言いますが、まさにその通りで、4年の期間を経て、家族関係を軌道修正するチャンスが来たように思いました。

それが今回の旅の集大成だったように感じます。

それでは、5回に分けた長丁場にお付き合いくださり、また今回も6500文字を超えた長文に目を通していただき、ありがとうございました。
明日が皆様にとって素晴らしい1日になりますように。

※ ※ ※ ※ ※

おまけ
今回購入した土産物 ↓ ↓ ↓

会社に配ります











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