7.新たにこころがとらわれてしまって困った話し
師が教えてくれた、心を軽くして生きてくためにはどうしたらいいかという答えが、「とらわれないこと」でした。
今日の結論から言うと、とらわれてもかまわないということなんです。
なんだかヘンですね(笑)
私がとらわれていたもの
私のこころがとらわれているものなんて、わんさかあります。でも昔の方が多かったですね。そのうちの一つが、「言いたいことが言えない」というもの。
いくつかの記事でも書きました。何しろ私は人の顔色をうかがって生きてきた人。
それは、恐れから。
何を恐れていたかというと、ひとつは、目の前の人を怒らせることに対する恐怖。
そしてもうひとつ。人から嫌われることへの恐怖。
こういう恐怖にとらわれていたから私は、言いたいことが言えない状態なのでした。
自分でもわかっていたけれど、なかなか向き合えずにずっと過ごしてました。
理不尽に感情をぶつけられても、驚くばかりで何も言い返せないなんていうことは、よくありました。家に帰ってから、なんで言い返さなかったんだ!と、後悔していたのでした。
しかも、言いたいこと(本音)を言ってはいけないという意識が働くので、しゃべるときに私は、風邪でもないのに乾いた軽い咳をするという癖までありました。
人から指摘された
そんな咳をしながらしゃべる私を見て、何人かの人は、言いたいことをなかなか言えないのだなとわかりながらも、黙って見守ってくれていました。
別々にとある2人の人から、これをハッキリ指摘されたことがありました。
そうか、言いたいことが言えないから咳が出るんだなと、ようやく理解した私です。
更にそのうちの一人は言いました。
あなたは嫌われるのを恐れるあまり、言いたいことが言えないんだ。言いたいことは、ハッキリ言え!!
正解がわかっているのに言わないことのほうが、相手のためにならない!!
結構強く言ってくれました。
もちろん、私の言いたいことが言えないという癖を取り払うためです。そこは、理解しています。そのための会話でしたし。
新たなとらわれができていた
その後の私はどうたったかというと、言いたいことは言えないままでした。
更に、あらたなとらわれが増えていたのでした。
はっきり覚えています。友人との会話中のことでした。
これは言った方がいいな、ちゃんと私の意見として言わなきゃだ。言おう!言え!言うんだ!
と、自分にハッパをかけたもの、言えずじまいでした。
私って、素直なんでしょうかね。真面目なんでしょうかね。言わなきゃ!!!と、強く思ってました。
そして帰宅してから、ああ言えなかった。言わなきゃいけないのに言えなかったなと、後悔していました。
すると後日、言え!とアドバイスしてくれた人がそれを見透かして言いました。
あたなは、言わなきゃ言わなきゃとこころの中で思っていたんだ。迷いが余計に増えているじゃないか。言いたきゃ言え!言いたくないなら言わなくていいんだ!!
と、結構イライラした様子で言ってました。
つまり、恐れにとらわれて言いたいことが言えない状態だった私は、さらに、「言いたいことは言わなきゃいけない」という考え方にもとらわれてしまっていたのです。
なんてこったですね。
とらわれは少ない方が楽ですよ。
その時の私は、とらわれないために言いたいことを言おうとするあまり、更にとらわれを増やしていたし、言いたいことも言えていませんでした。
とらわれないためには
だから、こころがとらわれないためにああしよう!こうしよう!と、あれこれ考える必要は、ないということなんです。
そもそも人が何かに強くとらわれてしまうのには、それなりの理由があってのことなのです。
私の場合なら、言いたいことを言ったらこっぴどく怒られたなんていう経験があったのだと思います。母親に怒られることは見放されることに繋がっていました。そして、母親から見放されることは、まだ小さかった頃の私にとっては、生存の危機と同じだったのでしょう。
そのうちに、人とのかかわりの中で相手に母親を重ねてしまうようになりました。だから、目の前の人が私に怒りを向けることは、ものすごい恐怖だったわけです。
だったらとらわれないためにはどうしたらいいかというと、それはこの記事↓の一番最後の部分に書いてある方法が有効なんです。有料にしてしまったので、ここでは書けなくてごめんなさい。
私は、この方法を今でも続けています。
続けていくと、とらわれの力がゆるんでいくんです。ゆるむとどうなると思いますか?
最近の私は、結構言いたいことを言えてます。もちろん、伝え方には配慮が必要ですけどね。
なかなかその配慮まで手が回らなかったときは、感情的になって伝えたこともありましたヨ。
思い切って伝える練習台は夫でした。一番身近にいるからだけじゃないです。私が一番信頼している存在だからなのだと思います。
こころが何かにとらわれてしまうことは、誰にでもあります。だから、とらわれていると気づいても、自分を責める必要はありません。あなたも私も、悪くないです。
とらわれていることも、そこで出てくる思考も感情も、気付いたならなかったことにはしないでくださいね。それは、自分で自分をネグレクトしているのと変わらないと、私は思っています。
ふうとはこんな人↓
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