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27.心配するより信じるこころでいたい

かつて、「心配」はネガティブなエネルギーなんだと、教えてくれた人がいました。だから、心配を人に振りまくなと言われたのでした。

最初はちょっと驚きましたね。でも直ぐに気づいたらしき私は、息子と夫に対する心配をパッと手放していたようです。

人を心配するのは、あることの証明だと思っていた

どちらかというと、私は心配性だと思っています。何しろ超ネガティブでしたから。

ああなったらどうしよう、こうなったらどうしよう、困るなあ、ああ困る、困るとマイナスのことばかり考えて、よく心配していたいた記憶があります。

これ、確かにネガティブな思考ですね。

それに気づいていなかった私は、誰かのことを心配するということは、その人のことを思っているという私のやさしさの証明のように考えていたのでは?と、あるときふと気づきました。

つまり心配しない私は冷たい人で、やさしい私でなきゃいけないと、とらえていたんです。

超ネガティブなだけでなく、やさしい人と思われたい私でもありましたから、何から何まで心配することを自分の中では肯定していたのでしょうね。

心配しないならどうすりゃいいの?

それは、師から教わりました。
信じることだと。

信じきれないと思っても、祈ればいいと。

私が心配された時のことを考えてみたら、納得でした。

心配しているんだからね!ということを何度も言われると、妙に違和感があったのです。時には苛立ちさえ感じたことがありました。でも、「心配してくれている」ということは、私のことを思ってくれているのだと考え、そんなに心配しないで!とも言えませんでした。

多分私は、「あなたのことを信じてない」と言われているのと同じと、無意識のうちに受けとっていたんじゃないでしょうか。
単に相手の口うるささに、うんざりしていただけの場合もあるでしょうが。

ところがね、「かくかくしかじかになるように、祈ってるね」と言われると、なんだか嬉しくて素直にありがとうと言ってました。
「祈る」だと、私が進もうとする方向を信じてくれていて、一緒にポジティブな結果になるよう見守ってくれていると感じるのでしょうね。

最初に切り替えたのは息子と夫への心配

当時、中学校入学と同時に家から離れ、隣の県のある場所で一般的な中学生とはかなり違う忙しい生活をするという選択をした息子。

朝は学校へ間に合うように起きれらるのかな?
朝ごはんは食べたかな?
学校の課題はできているのかな?
etc.
心配はつきませんでしたが、口出しできない状況でしたし、いちいち息子に連絡しまくるのも違うなと思っていました。

結局、息子の成長力を信じることにして、心配することをやめました。

寝坊して遅刻することもあるだろうし、課題を提出できないこともあるだろうけれど、それでも特殊な状況の中、なんとか自分で生活全般のバランスをつかんで乗り越えてかれると、信じたんです。

「心配」ではなくて「信じる」を選択すると、相手への言葉かけも違ってきます。

こまごましたことを、あれだめこれだめ、ああしろこうしろといった小言みたいなことは言わなくなっていました。なんだかおおらかな気持ちで接することができたなとも思っています。
息子がどう感じていたかは知りませんが(笑)

今では、もう何年も前から社会人。自分がやりたかった仕事に就いて、毎日仕事に行き、あれこれ免許もとってできることが増えていってます。諸々のことを親より達観した視点で見ているなと感じています。

私より更にネガティブだなと自他ともに認める夫も当時、仕事ではあれこれストレスをためていました。

うつ病を経験した私としては、夫の異変には私が気づかなきゃ!とか、私が何とかしなきゃ!といった思いを抱いていたようです。

ですが、夫は夫でこれまでも色々乗り越えてきた立派なひとりの人。乗り越えたり迂回したり、そういう知恵や機転は私よりあるのでは?と気づいて、本人の持っている地力を信じることにしました。

結局常に、私が支えてもらいっぱなしの日々です。

心配するより信じて祈る方が、自分も相手も楽でした。ということで、昔のように人のことをあれこれ心配しなくなっている私は、ある時思いました。私って、かなりドライな人だなと。

昔の私しか知らない人からしたら、冷たくなったと思われるかもしれません。そういえば、心配はネガティブなんだと教えてくれた人から、「冷たい人であれ。」とも言われたことがありました。あの頃より結構冷たくなってますよ、私は。

で、更に気づきました。アドラー心理学で言われていた「課題の分離」というものが以前よりできるようになったとも考えられるなと。
あれもこれも自分ごとのように考えて心配したり何とかしなきゃなんて思わなくなったら、疲労のしかたが違ってきました。

私、やさしい人と思われなくてもよくなったんでしょうね。でもね、以前より今の方が、目の前の誰かの乗り越える力を信じています。


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