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8.母と私の願いは違った

母と私のこころのすれ違いについて、書いてみます

母は、私にとっての反面教師となってくれた存在でもあります。決してここで母を非難したいわけではありません。

子育てで悩んでいる方、親との関係性で悩んでいる方、その他の人間関係で悩んでいる方等が、一度立ち止まって考えてみるきっかけになったら嬉しいです。


母の願いを、疑ったことはない

私の母も、世間一般の母親という存在と同様に、私の幸せを願ってくれていました。
そこを疑ったことは、ありません。

ただね、人間て、あるひとつの純粋な思いに対して、エゴなどと呼ばれるものが、くっついてしまうことがあるんですね。恐れや執着なんていうものが強く働くと、なかなかやっかいです。
私の母も例外ではなかったようです。

母の私に対する願望

生まれてきた第一子の私が、自分と同じ女性だったことで、母の思い入れは強くなりました。

母は、昭和10年代生まれです。
戦争を経験し、高度経済成長期に家庭を持ち、私や弟を育てながら、父の仕事を支えていました。

母親が私に対して持っていた願望をあげます。数々あるうちの、中心的なものだけならべてみますね。

  • 女性が結婚してからも続けられる職業について、経済的に自立して人生を送りなさい。
    その仕事は、教員だ!娘よ、あんたは学校の先生になれ!

  • 明るく活発な女の子であれ。私はそういう女の子が好きなんだ。

  • 女の子なんだからいつもニコニコして、誰からも好かれるようにしろ。

  • 県外には出るな。ずっと親の近くにいなさい。

  • お勤め人と結婚しなさい。

などです。あ!願望といいながら命令調になってますね。

母が言い続けていたことは、決して間違ってはいないと思っています。
全ては、母の経験から出来上がった考え方ですから。

父はまじめだけれど不器用な人です。職人気質で腕は確かですが、決して経営者に向いているとは、娘の私から見ても思えませんでした。

そんな父が自営業を営んでいましたので、それを手伝う母は、常にヤキモキしたりイライラしたりしていました。お金の工面も、母頼みだったのです。

母は、幼いころに両親を亡くしています。どんなに兄弟が多く、お兄さんお姉さんから可愛がられても、とても寂しい思いをしながら、成長してきたようです。

自分のような苦労を娘にはさせたくないという、強い思いが、母にはあったのです。

子どもの私に出来上がった思い込み

母は、私が子どもの頃から何十年もの間、ことあるとごに私に自分の願望を繰り返し言い続けていました。

幼く未熟な私には、母の願いがストレートには伝わらない場面が多かったのです。

基本的には内向的な私です。特に子どもの頃は口数も少なく、おとなしい子でした。友達とワイワイ遊ぶというより、部屋でひとり遊びを好む子どもでした。お絵描きしたり、本を読んだり、人形で遊んだりしていたんです。

そんな私は、こう思うようになっていました。

  • 今の私ではダメなんだ。おかあさんの思ったような子にならないとダメなんだ。

  • そうか、人に嫌われないようにしなきゃダメなんだ。

  • なんでもおかあさんの言った通りの人間にならないと、認めてもらえないんだ。

何度も母から言われたり、怒られたりするたびに私は、この思い込みをどんどん強くしていったのでした。

完璧な人なんていませんよね。それは、母も私も同じです。ましてや幼かった頃の私は、今よりもっと未熟な存在。どちらかというとネガティブな考え方が強かったこともあり、こんな風に考えていきました。

どうしてほしかったのか理解するのに時間がかかっていた私

子どもの頃の私は、こころが辛くなっていることさえ、はっきりと自覚できていませんでした。

更に、母にどうしてほしいのか、そういう自分の気持ちさえわかっていませんでした。

ただただいつも、じっと母の言い分を聞くばかり。そして、母のイライラを恐がっていたのでした。

小学生だったころ、私はこんな風に考えたんです。ハッキリ覚えています。
生きるということは、辛いことなんだ。
私の役割は、がまんすることなんだ。がまんだ、がまんだ。

人からは、明るく元気な小学生というよりは、落ち着きのあるおとなっぽい子に見えていたようです。

母と私は平行線のまま生きてきた

お互いに、自分の正しさに執着していました。

母は、これが娘のためだ!これがあの子の幸せなんだ!と、信じ、自分は間違ってない!と、思い続けていました。

私は、母の子育ては間違っている!と、思い続けていました。

ただ、母は正直にストレートに自分の気持ちを出していたんだと思います。

私は、ある意味ズルかったのかもしれません。仲の良い母娘と、人からは見えていたからです。
恐さのあまり本音を閉じ込めていた私は、母に心を開いていなかったと言えますから。

次回につづく


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