44.親に関する思考の出方がかなり変わってきている
いわゆる機能不全家庭で育ったんだと、私が自分のことを認識するようになったのは、20年近く前にうつ病と診断された頃からです。
本当にキッチリとそれを自分で認めたのなんて、去年までの数年の間でです。それまでは、そんな風に思ってはいけないと、私に強く言ってくる自分の存在がいましたから。
そんな私の親に対する思考が最近は、クリアになってきたなと自覚しているので、それを書いていきます。
最近出てくる親に関する思考
あの両親の生い立ちや性格を考えると、常にイライラしていたのも無理もないことだ。
とても経営には向いていない職人気質の父が個人でやっていたあの仕事も、年齢が上がって廃業するまで倒産しなかったことがむしろ凄いことだ。
その何十年という苦労とストレスの日々のおかげで私は、暮らしてこられた。
父のあの仕事は、母の支えと犠牲があったからあそこまで続いたんだ。
2人が私の幸せを願ってくれていたことは、疑ったことがない。
昭和10年代に生まれた両親には、子育てにとって何が大切で、子どもにどう接したらいいかなんて、学ぶ機会も余裕もなく、怒涛の時代を生きてきたんだ。
常にストレスいっぱいで、毎日イライラをぶつけあっていた姿も、私に対する様々な言動も何もかも、それしかできなかったのだろう。他の選択肢は頭に浮かばなかったのだろう。
自分たちの子育ての良し悪しを振り返る暇も余裕も、なかったはずだ。
振り返ったところで、認めたくない事実には覆いをかぶせてしまったかもしれない。それだって、こころが痛すぎて仕方のないことだと、今の私は思っている。
そもそも両親とも、こころが満たされない子ども時代を過ごしてきている。
今のように情報があちらこちらから入ってくる時代とは違う世界で、二人はずっと生きてきたんだ。
目まぐるしく変わる社会情勢の中、人々の価値観もどんどん変化してきた。
でも、両親の思い込みや価値観は、おいてけぼりをくったまま歳をとっていったんだ。
年老いた親を、今更責める気持ちなどない。一昨年他界した母親の魂には、もう現世で味わった苦痛から解放され、晴れ晴れとしたこころもちでいてほしいだけ。
こんな風に考えたのは、今が初めてではなく何年も前から頭にありました。だけど同時に、傷ついてまだまだ癒し切れていない私がいて、そんな思考に対してあれこれ口をはさんでは、邪魔をしていたのでした。
その邪魔がなくなったのはどうして?
昨年の春当たりで、私のこころの中でなにか大きな区切りがついてしまったんですね。
私の抱えてきた怒りは、行方不明です。消えたのか引っ込んだままなのか、よくわかりません。
これまでやり続けてきたことの成果のようで、思い出すと怒りや痛みがこみ上げるような昔の記憶を呼び起こすことには、自動的にストップをかけるようになったようです。
思い出せば出すほど、それに対するネガティブな思考は強化されるだけですからね。
同時に、自己否定や自分責めが圧倒的に少なくなったことで、私のこころの奥で激しく暴れていた存在が、静かになりました。
そしたら、上のような思考が出てきたとき邪魔をする私の存在がいなくなっていました。
自分以外の人に強要する気はない
親に対する思考が変わってきた私は、こころに抱えていた荷物が圧倒的に軽くなっています。
だからと言って、他の人にも同じようになれと言う気は全くありません。
家庭というある意味密室で繰り広げられてきたストーリーは、人それぞれ違います。
私などが理解しきれないような辛い体験をしてきた人だっているはず。
感じ方も、今がどんな状況でどのような段階にこころがあるのか、それさえ人それぞれ。
毒吐きが必要なときだってあるし、過去に押し込めてきた感情を今感じている人だっているのだと思っています。
だから、親に関する毒吐きをする人を軽蔑する気もありません。だって、そうする気持ちは私にもあったから。
今はただ、私も含めたそれぞれの人が、それぞれの人生をこれからも歩んでいくことを祈っているだけです。
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