50.身体の声を聞くと体調が整っていく
自分の体からのメッセージや、こころの底から何か訴えている違和感を、若い頃から無視し続けた私が、身体の声に従うようになった話しです。
こころのより深いところからのメッセージは、思考じゃなくて体が伝えてくれていた
モリのおかしな幸福論さんが、Xでポストされていました。
「何もしたくない」は何もするなという身体からのメッセージ。何もしたくないって何かをすごく頑張ってた証拠なんですよ。だから、身体が自分を無気力にすることでもう頑張らないようにさせてるわけ。アダルトチルドレンは自分の限界に気づけない人が多く、ある時突然のように落ちてしまう人も多いけど…
— モリのおかしな幸福論 (@mori_koufukuron) April 8, 2025
これ、追ポストが2つほど続いています。
この内容をそのまま体験してきています、私は。
若い頃から私はなにかにつけ、義務感だけでやっていることが多かったんです。
だから、子どもの頃から、日々を暮らしていくということはこんなに心身共にキツいのかと、考えていたんです。
本音をひた隠し、感情を抑え込み、自分に課した義務をこなす日々は、若い頃はまだなんとかなりました。体力も今よりありましたから。
高校生くらいの時からだったでしょうか、無気力に加えて体力のなさも自覚するようになったのは。
さらに言語化できない違和感は、いつの日からか、無視するようになっていました。
本当は違和感の中にこそ、その時の私の本音がいっぱい詰まっていたんです。
社会に出てから私は、体調を崩しやすく疲れやすくなっていました。
年齢ともともとの私の体力のなさが原因だとしか考えず、忍耐と義務感とで自分の体を機械のように動かそうとしていたんです。
仕事も、私の人生を自分で切り開くことから逃げ、母親の言いなりになって就いた仕事なんだという言い訳を抱えたままでした。
こんな生き方ですから、体調が悪くなるのも当然です。
でも、どこまでいっても私は、忍耐力と義務感でどうにかやりきらなければならないと考えていました。
なんとか目の前のこれをやってしまいたいと思っても、それが片付く前に次々と、別の何かがどこかから降ったり湧いたりするような状態に、やがてなっていました。
身体は、ずっと訴えていたんです。
そうじゃない!本当の気持ちはそれじゃない!それは本当は嫌なんだ!もう無理なんだ!無理はやめろ!と。
頭痛、肩こり、全身のこり、目の疲れ、身体のだるさ、とれない疲労感、肌荒れ、その他あちらこちらに起こる不具合、etc.
ありとあらゆるメッセージを送られてもなお、気付こうとしない私でした。
やがて、風邪をひいても自力では治らなくなっていました。
どうしたいのか、本当はわかっていたはずなのに、まるで何かの呪いにでもかかっていたかのように、仕事を辞めてはいけないという思いにとらわれていました。
これじゃあもううつ病になるしかないでしょ
身体からのメッセージも、わいてくる違和感も全て無視し続けて何十年、とうとう我慢の限界を通り過ぎ、電池が切れたようになって療養生活に入りました。診断はうつ病です。
20年前の1月末から、私の療養生活がスタートしたのでした。
なんでこんなことになってしまったのか!?と、自問自答もしましたが、後から思えば、こうなるのは当然のことでした。
張りつめてきた糸が切れてしまった後からの、身体からのメッセージは、強烈でした。私が無視し続けてきたのだから仕方のない話しです。
うつ病は、私を救ってくれました。
そこからの学びが大きく、その後の私の生活を変えてくれたのです。
今は、何十年もよくあんなに自分に無理を課してこれたなと、思います。
それと、よく生きていたなとも思います。
夫と息子の存在がなかったら、私は元気になろうとしていなかったかもしれません。ありがたいことです。
その後は何度も転びながら学ぶ日々でした
無理はするものじゃないと自覚しても、奥深くにしみついた習性や考え方は、いつでも幅を利かせます。
動けるのが嬉しくてちょっと張り切っては、ズドンと疲労して寝込むなんていうことを、いったい何度繰り返してきたんでしょうか。
そのたびに、私の中に巣くっていた恐れに気付き、少しずつ少しずつ手放さざるを得ませんでした。同時にそれは、母親との関係性と向き合うことでもありました。
今は20代の頃より体調がいいです
昨年から60代に突入しましたが、とても体調がいいんです。
身体からの声に、かなり素直に従うようになったからでしょうね。
若い頃に抱えていた頭痛はありません。
散々縫いまくっていても、肩こりも大したことはありません。
かつて長くかかえていた、説明のしようのない異様な具合悪さも、ありません。
しっかり者で頼りになる存在だったはずの私ですが、今はよく家でヘマをします。
その結果私にやってくるのは、かつてのような烈火のごとき怒りのシャワーではなく、家族との楽し気な笑いです。
考え方、行動の仕方が、昔とはずいぶん変わりました。
身体の力みも、だいぶマシになっていると思います。
もううつ病で通院する必要はない状態でずっと過ごしていますが、それでも時々、まだ未消化な感情があふれることもあります。
20年前の今頃は、蘇る過去の記憶に辛くなり、ひとりでいるときはよく泣きました。
最近は、今あるもののありがたさがわき上がり、じんわりあたたかい気持ちになって、涙がこぼれることがあります。
気付きを得ていけば少しずつでも、人は変わっていかれるんですね。
私はどうしたいのか、身体が教えてくれます。
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