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「看護の日」は、なぜ35年経っても“願い”のままなのか


毎年5月12日は「看護の日」。
そして、その日を含む日曜日から土曜日までは「看護週間」とされています。

全国の病院や地域では、看護体験や健康相談など、さまざまなイベントが行われます。
白衣に袖を通した子どもたちの笑顔を見ると、「看護」という仕事が、人を支える温かな職業であることを改めて感じます。

しかしその一方で、現場では今も、多くの看護師たちが限界の中で働いています。

「看護の日」の由来

5月12日は、近代看護教育の母と呼ばれる フローレンス・ナイチンゲール の誕生日です。

彼女はクリミア戦争で負傷兵の看護に尽力し、「クリミアの天使」と呼ばれました。

戦地では、衛生環境の改善や統計学を用いた医療改革にも取り組み、
看護を“献身”だけではなく、“科学”として発展させた人物でもあります。

その功績をたたえ、1965年に「国際看護師の日」が制定。
日本では1990年、厚生省(現・厚生労働省)によって「看護の日」が制定されました。

そこには、こんな願いが込められていました。

“看護の心、ケアの心、助け合いの心を育む”

35年前に掲げられたこの理念は、とても美しいものです。

けれど、今の現場を見ると、
その“願い”は本当に社会に根づいたのだろうか――
そう考えずにはいられません。


35年前の要望書に書かれていた“未来”

1990年、「看護の日の制定を願う会」が作成した要望書には、こんな言葉があります。

「ナースコールをしても、人手不足でナースは間に合わず、孤独の中で死んでいく」

驚くべきことに、この文章は2026年の今でも、決して過去の話ではありません。

むしろ、“高齢化と医療需要の増加によって、問題はさらに深刻化”しています。

① 人手不足は、いまだ終わっていない

2025年時点でも、看護師の有効求人倍率は約2〜3倍前後で推移しています。

つまり、「働いてほしい職場」が圧倒的に多い状態です。

しかし現場では、
▶️夜勤による慢性的疲労
▶️長時間労働
▶️感情労働による消耗
▶️人手不足ゆえの休めなさ

が常態化しています。

特に深刻なのは、「辞めたいのに辞められない」という心理です。

「自分が抜けたら現場が回らない」
「後輩に負担をかけてしまう」
「患者さんに迷惑がかかる」


そうした責任感の強さが、結果的に自分自身を追い込んでしまう。

看護師の離職問題は、“根性不足”ではなく、構造的問題です。

② 高齢化によって、看護の役割はさらに重くなった

1990年の要望書には、

「4人に1人が65歳以上になる時代が来る」

と書かれていました。

そして2026年現在、日本の高齢化率は約30%に達しています。

病院だけでは支えきれず、医療は「地域完結型」へと移行しています。

その中で看護師は、
訪問看護
認知症ケア
在宅医療
ターミナルケア
家族支援
多職種連携

など、極めて多様な役割を担うようになりました。

つまり今の看護師は、“治療の補助”だけではありません。

“「その人らしく生きる」を支える存在”へと変化しています。

③ 「尊い仕事」と言われながら、待遇は追いつかない

社会は看護師に対して、よくこう言います。

「大変なお仕事ですね」
「素晴らしい仕事だと思います」


しかし、その敬意は、労働環境や待遇改善に十分反映されているでしょうか。

地方では、医師や薬剤師と比較して給与差が大きい地域もあります。
診療報酬改定で評価が見直されても、現場まで十分届かないケースも少なくありません。

そして何より根深いのは、

“看護師は使命感で働くべき”

という無意識の社会圧力です。

優しさや責任感に依存する構造は、バーンアウトを生みます。

“やりがい”だけでは、人は持ちません。

④ 看護師のメンタルヘルスは、今や社会課題

コロナ禍以降、看護師のPTSDや抑うつリスクの高さは、国内外で数多く報告されました。

さらに現場では、
▶️職場内ハラスメント
▶️新人いじめ
▶️感情抑制の文化
▶️「弱音を吐けない空気」

が、静かに人を傷つけています。

本来、医療現場こそ心理的安全性が必要な場所です。

しかし現実には、
「患者の安全」が最優先される一方で、
「支える側の心」は後回しにされやすい。

これは大きな矛盾です。

⑤ 「看護の心」を社会は本当に理解してきたのか

35年前の要望書の中で、最も本質的だと感じる一文があります。

“健常者や子どもが、看護とはどういうことなのかを認識する機会がないと、こうした心は社会に根づいていきにくい”

つまり問題の本質は、制度だけではなく、“社会の意識”にあるということです。

看護を、
「医療業界の内部問題」
「現場だけで頑張るもの」

として扱い続けてきた結果、

“ケアを担う人が、静かに疲弊していった。”

これは看護師だけの問題ではありません。

高齢化社会の日本において、
“ケアを支える人を、社会がどう支えるのか”
という問いそのものです。

「看護の日」に必要なのは、感謝だけではない

もちろん、「ありがとう」という言葉は嬉しい。

でも、本当に必要なのは、
感謝の言葉だけではなく、

安心して休める環境
心理的安全性
適切な人員配置
継続可能な働き方
専門性への正当な評価

ではないでしょうか。

看護師が“壊れずに働ける仕組み”を作ることこそ、患者を守ることにつながるということです。

「看護の日」が記念日だけにならないために

「看護の日」は、単なる記念日ではありません。

それは、
“人を支えるとは何か”
を社会全体で考える日なのだと思います。

35年前に掲げられた願いは、まだ完成していません。

だからこそ今、
私たちはもう一度問い直す必要があります。

看護師に、
「優しさ」だけを求め続ける社会で、本当にいいのかを。


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7010nsous|看護師×公認心理師×第一種衛生管理者 応援いただきありがとうございます❗️ いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます‼️ 今後ともよろしくお願いします。