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「有給の理由を聞いたらパワハラ」と言うけれど、成果を出さなきゃ明日会社が潰れるんだ。——零細企業経営者の本音。※このお話は、偏った情報に基づく私の誇大妄想(思考実験)です。決して特定の誰かを傷つけたり、不快にさせたりする目的はありません。ひとつの読み物としてお楽しみいただけますと幸いです。

「有給を取る理由を聞くのは、パワハラに当たります」

世間ではコンプライアンスやハラスメント防止の名のもとに、そんな言葉がすっかり“正義”として定着した。

実際、ネットや労務の専門サイトを調べても

「取得理由を執拗に尋ねる行為はパワハラやハラスメントに該当する可能性がある」

「私用のため、の一言で十分である」と口を揃えて書かれている。

労働基準法第39条において、年次有給休暇は労働者に与えられた不可侵の権利であり、最高裁判所の判例(白石営林署事件など)を見ても、原則として会社側が利用目的を制限したり、理由によって不利益に扱うことは許されない。会社側が唯一介入できるのは、事業の正常な運営を妨げる場合に休暇の時期をずらす「時季変更権」を行使する判断材料として理由を確認する場面くらいだ。

法律の趣旨はよく分かる。

労働者を守り、不当な圧力を防ぐための大切なルールだということも理解している。

だが、零細企業の経営者として現場の最前線に立つ私の胸には、どうしても拭えない強い違和感と、切実な焦燥感が渦巻いているのだ。

大企業のように代わりの人材がいくらでも補充できるわけでもない我々のような小さな現場で、

「理由すら聞けない」

「会話すら遮断される」

という現実が何を意味するか、世間や法解釈の綺麗事は分かっているのだろうか。

零細企業の経営は、いつだって崖っぷちだ。

一つひとつの現場で「圧倒的な成果」を出し続けなければ、一瞬で会社の信用は吹き飛び、次の仕事は途切れる。

仕事がなくなれば、会社は潰れ、社員やその家族の生活を守ることすらできなくなる。

現場は、一つの「集団(チーム)」である。

188cm・90kgの体を張り、自ら重い石を担ぎ、汗を流してごまかしの効かない現場と向き合う。

誰かが休めば、その穴を埋めるために残された人間が泥をかぶらなければ、納期も成果も守れない。

それなのに「理由を聞くこと=パワハラ」という冷たい壁を作り、現場の調整や「お互い様」という思いやりの会話すら拒絶される。

さらに始末が悪いのは、その

「触れてはいけない聖域」

となった制度の隙間を見事に突いてくる人たちの存在だ。

彼らは決して「使えない人間」ではない。

むしろ替えの利かない優秀な技術やスキルを持った人間たちだ。

だが彼らは、その能力を会社やチームのために捧げるつもりなど毛頭ない。

正社員として重い責任を負うリスクを避け、本業はあくまで

「楽に生活費を稼ぐ手段」と割り切る。

本気も出さず、責任も負わず、一番条件の良い手当や満了金といった報酬を効率よく手に入れ、残りの時間とエネルギーをすべて自分の趣味やプライベートに突っ込んでいるのだ。

優秀だからこそ会社側も強く出られず、責任が発生しそうになれば

「有給の理由を聞くのはパワハラだ」と労働法の盾を構えてスルリと身をかわす。

そうやってスーツケース一つで、一番コスパ良くぬるま湯の現場を渡り歩く。

彼らが要領よく自分の人生を楽しんでいる裏で、開いた穴を埋め、取引先に頭を下げ、夜遅くまで現場の泥をかぶるのは、結局のところ真面目な社員であり、私のような零細の経営者だ。

どれだけ優秀だろうが、責任から逃げ回り、権利だけを貪り、現場のチームワークや信用を都合よく利用する彼らの姿は、外の世界の実力主義から見れば異様である。

先日、取引先の中国人スタッフと話した際、彼らの口から出たのはあきれ顔の苦笑いだった。

「成果やスキルが出せなければ一瞬で居場所がなくなる外の世界から見れば、そんな甘い制度に守られて要領よく生きる姿は、自分自身の市場価値を削り取る恐しい生き方ですよ」と。

過酷な実力主義の中で必死に生きる外国人から見れば、日本で生まれ、日本で育ち、手厚い保護制度に守られながら

「楽に稼いで趣味を楽しむ」ことだけに特化した渡り鳥たちの姿は、自国の信頼を内側から食い荒らしているようにしか見えないのだ。

能力があるなら、なおさら言いたい。

真剣勝負で命を張っている我々の現場に、そんなドライなズルさは要らない。

会社をただの「都合のいい集金場所」として使い倒し、現場の熱量や信頼を破壊する「渡り鳥達」には、どれだけ優秀であろうが、申し訳ないがもうご退場願いたい。

我が社に無駄な要領の良さなんていらない。

不器用でも、泥臭くても、会社の看板とごまかしの効かない仕事に責任を持って向き合える仲間だけでいい。

「パワハラ」という言葉狩りに怯えてお互いに無関心になるぬるい現場ではなく、お互いの顔を見、理由を分かち合い、泥をかぶり合って
「本物の成果」を追求する仲間とだけ、私は仕事がしたいのだ。

信用は、ごまかしのない成果の積み重ねでしか買えない。

明日も社員と会社を守るため、私はごまかしの効かない現場へ向かい、重い石と向き合うために静かに腕を捲り上げた。

【あとがき】

……と、ここまで息を荒げて現場の悲痛な叫びと社会の歪みを熱弁してきたわけですが。

実を言うと、私自身は普段こんな問題にまるで直面していません。

私の現場にこんな

「渡り鳥」

がやってくることもなければ、

「パワハラだ!」

と突っぱねられるようなギスギスした労務問題が起きているわけでもないのです。

現場のリアリティを装い、何ひとつ直面していない問題を頭の中で勝手に捏造し、勝手に一人で熱くなってキーボードを叩いている……考えてみれば、私こそが世の中で一番タチが悪い人間なのかもしれません(笑)。

それでも、この「完全な空想の現場」から立ち上るモヤモヤに、もし少しでも共感していただけたなら幸いです。


▼ ちなみに、この記事を書いている「不器用な石屋の父親」の正体はこちらです。もしお時間があれば、私の自己紹介記事 取扱説明書も覗いてみてください。

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