ほぼすべ|番外編 回転寿司はまち事件
月に一度、六甲道のサイゼリヤ。
ヨッシーとスミレは、仕事終わりにここへ集まる。
二人とも同じ病院で働く同期で、ヨッシーはメンズ看護師、スミレは作業療法士。
テーブルの上には、ミラノ風ドリアと辛味チキン。
スミレの前には赤ワインのデキャンタと、なぜかアイスティー。
二人がやっているのは、
「ほぼすべらないかもしれない話を、ほぼすべらないくらいまで仕上げる会」
略して、ほぼすべ。
それぞれが最近あった話を持ち寄って、オチや言い回しを二人で仕上げる。
最後にその日のMVPを決め、負けた方がデキャンタ代を払う。
金額はたいしたことない。
でも、二人とも負けたくはない。
「今日、俺、強いで」
ヨッシーが言った。
「毎回言うてない?」
「いや、今日のは実話として完成してる」
「実話はだいたい完成してるやろ」
「添削いらんかもしれん」
「それは私が決めます」
スミレがワインをひと口飲んだ。
「どうぞ」
「この前、大阪の元禄寿司行ってん」
「回転寿司の?」
「そう。回転寿司の元祖のとこ」
「はい」
「俺の隣にお客さんがおってな」
ヨッシーは辛味チキンに手を伸ばした。
「その人が店員さんになんか言うてん」
「うん」
「そしたら店員さんが板さんに、はまち一丁、みたいに言うて」
「はまち頼んだんや」
「俺もそう思ってん。別に何も気にしてへん。隣の人がはまち頼んだ。それだけ」
「普通やな」
「で、しばらくして、はまち出来てん」
ヨッシーが少し間を置いた。
「店員さんが持ってきて、はまちです、って」
「うん」
「お客さん、おらんねん」
スミレの手が止まった。
「え?」
「おらんねん」
「トイレ?」
「俺も最初そう思ってん。店員さんも、あれ?ってなってる。板さんも、え?ってなってる」
「はまちだけ残されたん?」
「そう」
「かわいそう」
「はまちが?」
「はまちが」
ヨッシーは笑った。
「俺もそこで初めて、なんかおかしいって気づいてん」
「その人どこ行ったん?」
「それが、よう見たら」
「うん」
「レジにおってん」
「え?」
「帰ろうとしてんねん」
「はまち頼んどいて?」
「そう。俺も意味わからへんやん。今はまち出来たで?って」
スミレが眉を寄せる。
「頼んだこと忘れたとか?」
「ちゃうねん」
「急いでた?」
「ちゃう」
「何?」
ヨッシーは、少しうれしそうにスミレを見る。
「ここで俺、気づいてしまってん」
「何に?」
「その人、アジア系の外国人やってん」
「うん」
「で、注文聞いた店員さんも、新人の外国人店員さんやってん」
「……うん?」
「俺、頭の中でもう一回、最初の会話を再生してん」
ヨッシーは少し声を落とした。
「はまち」
「……」
「はまち」
スミレがヨッシーを見る。
数秒。
「あ」
ヨッシーがニヤッとした。
「そう」
「その人……」
「うん」
「はまち頼んだんちゃう」
「うん」
「How much?って言うたんや」
「正解!」
スミレがテーブルを叩いた。
「うわ! 絶対それや!」
「せやねん! お会計いくらですか、のHow much?を、店員さんが“はまち”やと思ってん!」
「だから本人レジ行ってるんや!」
「そう! 本人からしたら、値段聞いただけやから!」
スミレが笑いながらワインを飲む。
「板さんは?」
「ずっと首かしげてた」
「教えたれよ!」
「いや、俺も言おうかと思ってんで。でもな」
「何?」
「はまちとHow muchの聞き間違いって、あまりにもベタすぎて」
「うん、確かに」
「なんか言うの恥ずかしなって」
「なんでヨッシーが恥ずかしがんねん」
「せやから、黙って帰った」
「事件、未解決のままやん」
「俺の中では解決してる」
「一番いらん解決や」
二人で笑った。
しばらくして、スミレが言った。
「でも、もったいないな」
「何が?」
「そこで教えてあげてたら、店員さんも板さんも、あー!ってなってたやろ」
「そうやねん。今思ったら、絶対盛り上がってた」
ヨッシーが少し悔しそうに言った。
「しかもな、俺が会計するときに、“いくら?”って聞いたらよかってん」
スミレが吹き出した。
「ややこしなるだけや!」
ヨッシーは満足そうに水を飲んだ。
「この話、スミレも他でしてええで」
「え、ええの?」
「ええよ」
ヨッシーは少し間を置いて、指でお金のポーズを作った。
「でも、高いで」
スミレが一瞬考える。
そして、言った。
「……How much?」
ヨッシーはすぐに右手を上げた。
「はまち一丁!」
スミレがテーブルに突っ伏した。
「もうええわ!」
しばらく笑ったあと、スミレは顔を上げた。
「今日、ヨッシーMVP」
「マジで?」
「うん」
「添削は?」
スミレはデキャンタを持ち上げ、自分のグラスに残りを注いだ。
「なし」
「添削なし!?」
「そのままでええ」
「うわ、初ちゃう?」
「たぶん初」
ヨッシーは、やたらうれしそうだった。
スミレは伝票を自分の方へ引き寄せる。
「今日は私がおごるわ」
「デキャンタ?」
「うん」
ヨッシーが笑った。
「How much?」
スミレは即答した。
「もう、はまちええねん」
番外編 終わり
