かぎりない庭 | 二夜 家が見えていたから
-家が見えていたから-
幼稚園へは、送迎バスで通っていました。
家のすぐ前まで来てくれるわけではありません。
祖父母の家から少し離れた道沿いに、バスが停まる場所がありました。
朝は、母に連れられて、そこまで行きます。
帰りも、同じ場所で母が待っていることになっていました。
ある日の帰りのことです。
バスがいつもの場所に停まりました。
ドアが開いて、先生が外を見ました。
けれど、そこに母はいませんでした。
「お母さんが来るまで待っているんだよ」
そう言われて、わたしはバスを降ろされました。
今なら、問題になるのかもしれません。
けれど当時は、そういうこともありました。
バスは、そのまま走っていきました。
わたしは、道の端に立っていました。
祖父母の家へ帰るには、道路を渡らなければなりません。
横断歩道はありました。
けれど、信号はありませんでした。
道路の向こう側、少し行ったその先に、家の門が見えていました。
母に連れられて、毎日通っている道です。
通りに車はありません。
危ないことはない。
問題ない。
そう思いました。
むしろ、そこに立ったまま待っていることの方が、落ち着きませんでした。
わたしは左右を見ました。
車が来ていないことを確認して、道路を渡りました。
それから、いつも母と歩いている道を、一人で歩いて帰りました。
家に着くと、祖母が驚いた顔をしました。
わたしが一人で帰ってきたからです。
祖母が何を言ったのかは、よく覚えていません。
ただ、驚いていたことだけは覚えています。
しばらくして、母が帰ってきました。
仕事で、少し遅れてしまったらしいのです。
祖母は母を注意しました。
今にして思えば、祖母が迎えに来ることもできたはずです。
それでも、あのとき叱られていたのは母でした。
そして、わたしに謝っていたのも母でした。
母は、何度も謝りました。
ごめんね。
怖かったね。
ごめんね。
そう言われたのだと思います。
けれど、わたしには、なぜ母がそんなに謝るのかわかりませんでした。
家は見えていました。
道も知っていました。
車も来ていませんでした。
だから、帰っただけでした。
わたしは、怖いとは思いませんでした。
待っていることの方が、落ち着かなかったのです。
その後、祖母が迎えに来ることも増えました。
かぎりない庭
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